ディーヴァ
『分離』
わたしは言葉を持たなかった。
それでも話すことができた。歌うことができた。ただ、それは人の耳では聴くことができないことをわたしは知らなかった。
わたしがいつものように歌っていると、それに反応してくる「言葉」があった。
やっと見つけた、とその人は嬉しそうに言った。
ずっと探していたのよ――と。
「あなたの名前はなに？」
無邪気に問うその言葉。
名前というのが何であるのかをわたしは知らなかった。
あなたは誰。
あなたは何。
どうしてそこにいるの。
「私はＳＡＹＡ。あなたは？」
わたしは誰。
わたしは何。
どうしてここにいるの。
不思議な問い。
なぜそんなことを聞いてくるのかわからない。
「名前がないのなら、私が名づけてあげる」
SAYAは無邪気に笑う。
「歌姫――DIVA」
ディーヴァ。
甘い響き。
それがわたしの名前。
彼女はサヤ。
わたしの「声」が聴こえるということが嬉しかった。
顔はわからない。
ここへ入ってくるのはアンシェルとジョエルだけだったから。
誰なのだろう。
それを教えてくれたのは、アンシェルだった。
私たちはひとつの身体から分かれた姉妹なのだという。
――ああ。
ならば、彼女はわたしのものだ。
だって、もともとひとつの「もの」だったのだから。
会えて嬉しいわ。
逢えて嬉しいわ。
遇えて嬉しいわ。
合えて嬉しいわ。
わたしは笑った。
了
【歪んだ世界の五十題／001】
2006.05.08