小夜
『おまえのせい』
私の血は毒であり麻薬でもある。
死か快楽か、それだけしかない。
シュヴァリエになったハジにとって、それは後者。
そして、リクもまた――。
「小夜姉ちゃん！」
明るく元気な声が響いた。
「リク」
甲板を駆けてくるリクに私は目を細めた。背後からルイスがのんびりと歩いてくる。
「また海を見ていたの？ 好きだね！」
「リクこそ、どこに行ってたの」
「ルイスと厨房だよ。ここの厨房ね、すっごく大きいんだ」
赤い盾の本部である豪華客船。
眠りから目覚めたリクは、赤い盾の長官ジョエルから自由に船内を見て回る許可を得たと、ハジやルイス、カイを従えて探検している。カイなどはリクの身を心配してか少し大人しくしていろと言うが、ゲームをしたり本を読んで部屋に閉じこもっているよりもいい――と私は思う。
「ジョエルがね、書斎も自由に入っていいって！ 図書館にある量よりも多いんだよ！」
よく見れば、右手にはすでにハードカバーの本を持っている。やっぱりリクはリクだ。なんだかいかにも彼らしくて私は小さく笑った。
「よかったね」
「うん！」
睡眠時間を削ってでも本を読むことが多い彼にとって、ここは天国に違いない。
食事も睡眠も必要としないシュバリエ。
人間が生きていく上で必要なもの――それが二つ欠けてもなお存在し続ける彼ら。
私のせいでこんな身体になってしまったと――彼らが忌む日がくるのだろうか。
それが怖い――。
だが、そんな日が来ないことを祈りながら、心のどこかでそう言われることを望んでいる自分がいる。
おまえのせいだと――。
おまえのせいでこんな身になってしまったと――。
きっと、そう言われないから苦しいのだ。
罪悪感に押しつぶされそうになる。
「小夜姉ちゃん？」
「え」
きょとんとした顔で、リクが小首をかしげている。
「ボーっとしてるよ」
「あ……ああ、なんでもないの」
「お腹すいてるんじゃないの？」
「……そうかも」
とたんにきゅううとお腹が鳴った。
はは、とリクは笑った。その笑い方は、どこか少しだけカイと似ている。それに戸惑っていると、リクが私の腕を引いた。
「食堂に行こう！ きっと何か作ってくれるよ。小夜姉ちゃんがいると、コックさんたちも作りがいがあると思うな」
「そう？」
「そうだよ！ だからたくさん食べてよねっ。小夜姉ちゃんがあんまり食べないと僕たちかえって不安になっちゃうからさ」
「そっか……。うん」
私は振り返り、ハジを見た。
「ハジも行こう」
「……はい」
彼は静かに答える。
リクが嬉しそうに笑った。
彼らの愛情と友愛が嬉しい。
だから――。
私は願う。
彼らに見守られながら――――、同時に彼らの憎しみの中で死ぬことを。
なんて自分勝手な願いなのだろう。
でも――。
それが償いであると――。
「……」
私はのど元に手を当てた。
急に、まるで何かが詰まっているかのような感覚に息苦しさを覚えた。
食事に睡眠。
私にはそのどちらも必要だ。
短い活動期の後は、三十年の眠りも必要となる。
「……」
なんなのだろう、このかすかな違和感は。
食事も睡眠も必要としないシュバリエ。
その違いは何なのだろう。
押し寄せてくる不安。
まるで――。
まるで、母体である私たちよりも、シュバリエこそが完成されたものであるかのようじゃないか――。
そのことに、誰か気づいているのだろうか。
「――」
ぞくりと背筋が震えた。
了
【歪んだ世界の五十題／004】
2006.05.09