小夜
『祈りの言葉』
貴女とディーヴァは数年の短い活動期を終えると眠りにつくのです――
淡い金の髪に優しい笑みを浮かべた彼の言葉が耳に残る。
今も降り注ぐ優しい月光のような人。
敵の――シュバリエ。
「短い活動期……」
つぶやいた言葉は、森の闇に溶けていく。
かわりに響くのは、チェロの音色だ。
ソロモンが口にした活動期というのが、二年なのか三年なのかはわからない。だが、今までの経験からその終わりが近いことは確かだった。
私は、いつ眠りに落ちてもおかしくないのだ。
私が目覚めてから、すでに二年以上が過ぎている。
「……」
ひざを抱えた腕が震えた。
怖くて仕方がない。
恐れるのは死ぬことではなく、眠ってしまうこと。
いま感じる眠気――それが、活動期の終わりを示すのではないかという恐怖。
直感でわかる。ディーヴァを倒すことができるのは、今回限りであると。
彼女を残したまま――シュバリエをひとりも倒せないまま、私は再び眠ってしまうのだろうか。
今ディーヴァを逃したら、取り返しのつかないところまで来てしまっているのに。
――お願い。
お願いだから、もう少し待って。
私には、まだやらなければいけないことがある。
この眠気は活動期の終わりを示すのではないと信じさせて――。
もう、誰も失いたくないの。
プツ――。
チェロの音が止まり、私は閉じていた目を開いた。
「小夜……」
低い囁き。
木々が作る闇の中に、月光に当たってチェロが光る。
私が寝たと――思って、弦を止めたのだろう。
「……少し休んだらどうです」
眠りを必要としない男が囁く。
いつもいつも、ハジは私に休むようにと言う。それが私を心配してのことだということはよくわかっている。
けれど、私は首を横に振った。
「ハジ、弾き続けて……」
お願い、と私はつぶやく。
私が、眠ってしまわないように。
その音が止まったら、すぐに起きられるように。
「小夜……」
少しのためらいのあと、ハジは再びチェロを弾きはじめた。
彼も気づいているだろう。――私の残された時間に。だから、ハジは私に「眠れ」ではなく、「休め」と言うのだ。
「私は……」
奏でられる音楽は、過去につながる記憶に夢を繋ぐ。
「私はまだ、眠れない」
眠るわけにはいかない。
目を閉じ、心の中で念じ続ける。
これは眠るのではない――ただ、休むのだと。
神になど祈らない。
そんなものはいない。
だから、私は過去に失った大切な人たちへと祈る。
お願いだから――。
お願いだから、もう少しだけ、私に時間を。
お願いだから。
まだ、眠らせないで――と。
優しい記憶に包まれながら、私は祈り続ける。
了
【歪んだ世界の五十題／007】
2006.06.12