柏木×祐巳 ※恋人設定
『永久保存メール』
「あ……」
しまった、と思ったがもう遅い。
夏の別荘地。
差し入れを買いに出たのはいいが、祐巳ちゃんに頼まれていたアイスが売り切れていたのだ。
コンビニや商店など、どこにでも売っているような銘柄だったので油断した。しかも、いつもならそれがなかったときは何にするかを聞いておくのに、こういうときに限って聞き忘れるなんて。
いくつか彼女が好きそうなものを選んでみるが、決定打にかける。別の店に行くという手もあるが、あまり遠い店に行ってもアイスが溶けるだけだ。
さて、どうしよう。
代わりに何を選んだとしても喜んで受け取ってくれるのは分かっていたけれど、いったん店から出ると、携帯を取り出しメールを打った。
件名 『アイス』
本文 『頼まれたのが売ってなかった。オレンジは好き？』
彼女の携帯は鞄の中に入っている。小説を読んだり、話に夢中だったら気づかない可能性もあったが、彼女からの返信はすぐに来た。
リロリン、と小さく鳴った携帯をすぐに開き、メールを開く。
件名 『好きです』
本文 『でも、何でもいいですよ』
思わず微笑んで、了解、と返す。携帯をしまうと店内に戻り、バニラとオレンジ、チョコとソーダのアイスを籠に入れた。さっちゃんと祐巳ちゃん、瞳子と俺の分だ。
ところが、すぐに携帯が鳴った。彼女からだ。
件名 『さっきのメール』
本文 『消去して！』
――なんだ？
俺は再び返信した。
件名 『RE: さっきのメール』
本文 『オレンジじゃないほうがいいってこと？』
件名 『RE: RE: さっきのメール』
本文 『オレンジでいいから私が送ったメールだけ消して』
よく分からないが、彼女が言うとおりにしよう、と受信BOXを開き、
１ 『RE: RE: さっきのメール』
２ 『さっきのメール』
３ 『好きです』
思わず吹き出してしまった。
俺は笑いながら彼女にメールを送った。
件名 『消したよ』
本文 『なんてね。嘘。保存した』
誰からのメールであろうと、今までその内容を保存しようと思ったことは一度もなかったけれど。
すぐに返ってきた空メールから、彼女の慌てる姿が手に取るように分かった。俺はわざと返信せず、レジに向かう。会計を済ませて店の外に出ると、ちょうどいいタイミングで直接電話がかかってきた。
もちろん、相手はパニック寸前の少女だ。
「柏木さん！」
「祐巳ちゃん、どうしたの？ 今、外？」
「どうしたのじゃないです！ 私が送ったメール消してっ！」
「いやだよ」
「じゃあ、帰ってきたら私が消す！」
「だーめ」
ふふふ、と思わず笑いが漏れてしまう。彼女といると、会話をしていると、何でこんなに楽しいのだろう。
柏木さん！ と叫ぶ彼女の名を呼んだ。
「祐巳ちゃん」
「………………なんですか」
少し、警戒するような声。
俺は笑った。
「好きですって言って」
「は？」
「好きですって、祐巳ちゃんが毎日言ってくれるなら消してあげてもいいよ」
了
【発展途上の恋のお題 10. 永久保存メール】
2010.06.07