延王×陽子/明美様
『おねだり』
「もう、いいかぁ?」
「………」
「陽子、いいのか?」
「駄目っ! 駄目ですっ!」
衝立の向こうから叫ぶように返した陽子の必死の声に、延王は苦笑した。
彫り物が施された衝立は、目隠しにはちょうど良かった。影すらも映せなくて、何をしているか解からない。だから、余計に想像力が増す。一体、どんな仕上がりになるのか。
それを想像しながら待つのはとても楽しい。――けれど、延王はゆっくりと待っていられなかった。
「陽子、まだか? 入るぞ?」
延王は陽子の返事を待たずに、衝立の向こうへ顔を出す。
「きゃあっ! あっちで待っていてくださいって、言ったでしょうっ!」
「そうは言うが、待ちくたびれた。……何だ、着替え終わっているじゃないか」
陽子は咄嗟に胸を腕で隠しながら、しゃがんだ。
「終わっていません。……紐がまだ結べないんです」
「どれ。どの紐だ?」
「あっちで待っていて下さいっ」
陽子の叫ぶような声を延王は受け流し、陽子の背後へ回った。
滑らかな肌に這うように紐が廻らせてあった。
白い肌に映える黒い紐。
頼りなげな細い肩が剥き出しになっていて、庇護欲をそそる。もっとも、この少女は大人しく守られてはくれないが。
背中を守るかのように、紅い髪が這う。
延王はゆっくりと観察しながら、紐を結んだ。きゅっと蝶々結びにして、長さを調節する。
「出来上がったぞ。ほら。立ってみろ」
「………」
陽子は耳まで真っ赤になりながら首を振る。
「陽子?」
「まだ、駄目です」
「着終わっただろう?」
「心の準備がまだなんです……」
陽子は小さく呟く。
蓬莱では水着があった。皆、同じ様に着ていたから、恥ずかしくてもそれ程気にならなかった。けれど、こちらでは違う。こんな下着のようなものは着ない。物好きな人しか。
それか、それこそ、延王のような人を恋人に持たなければ。
「攫うぞ?」
「え――」
延王は陽子の耳元で囁くと同時に、陽子の身体を抱き上げた。
「延王っ!?」
大股で榻へと向かう。陽子のささやかな抵抗は延王の腕の中で封じられた。
延王は陽子を膝の上に乗せて、自慢げに陽子を見詰めた。
良く似合っている陽子の姿が誇らしく。
良く似合っている物を探し出せた自分が誇らしく。
「良く、似合っている」
恥ずかしげに俯いている陽子にそう囁く。
「だから、胸を張っていろ。お前は誰よりも美人だ」
紅く染まっている耳朶に延王は口づけた。
「俯くな。美人が台無しだ」
今度は、剥き出しの肩に口づけて。逃げようとする陽子の腰をしっかりと捕まえながら男は心からうれしそうだった。。
陽子が延王から顔を背けるので、延王はお返しとばかりに、髪をそっと払い、露わになった背中に幾つも口づけた。
腰をつかむ腕が彷徨いはじめ、びくっと身体を陽子が震わせた。延王は微かに笑い、浮き出ている肩甲骨に口づける。
「…延王っ」
陽子が延王を睨む。だが、顔が紅潮しているので、全然怖くない。それどころか、愛しさが増すばかり。 延王はくつりと笑うと、うなじから鎖骨にかけて、順番にゆっくりと口づけていった。
「延王っ! …止めて下さいっ!」
陽子の非難の声と共に、延王の膝下辺りが蹴られる。陽子が踵で蹴ったのであろう。
鎖骨に顔を埋めていた延王は、一旦、顔を上げると、陽子の身体をもっと引き寄せた。身体と身体が密着する。互いの体温が伝わる位に。
「絶対に、止めない」
笑い含みで延王は言う。
延王は優しい口づけを何度も繰り返す。
ただ、触れるだけの口づけと共に、舌先でちろりと舐める。まるで陽子の肌を味わっているかのよう。
「延王っ! …止めてっ!」
陽子の可愛らしい抵抗も、延王にとっては、腕の中で、膝の上で、踊っているかのようにしか思えない。
片手は陽子が膝から落ちないよう、しっかりと腰を抱き、もう片手は剥き出しになったしなやかな足を撫で彷徨う。
触れる度、撫でる度に陽子の足が痙攣でも起こしているかのように、ひくりひくりと動くのが楽しくて、延王は肌の感触を愉しみながら暫し陽子の足の舞踊に見惚れた。
陽子の息が弾み、顔が紅潮してくると延王は再び口づけを施した。
今度は音を立てて、強く吸い上げる。肌のあちこちに紅の痕跡が散ばり、陽子が背筋を震わせる度に背中で結ばれた紐が揺れる。
陽子が口元と瞳をしっかりと閉じ、何かを耐えているかのように小刻みに震えている。その様子に延王は悪戯心が湧き上がり、背中に廻らせた紐を辿るように舌を這わせた。
「……や…っ……」
小さく、甘い陽子の声に気を良くし、延王は結び目を口に含みながら、強く口づける。
延王の腕に縋るように陽子が抱き付いた。
「陽子……」
延王は笑い含みながら、舌先で紐を絡め取り、引っ張った。
了
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