景王が美しい少女だということは、勿論知っていた。禁門を通る姿を何度も見たことがあったから。

　大抵の場合、景王は簡素な男性用の袍を着ていたが、それでもすっきりと伸びた手足は溌剌と動き、整った顔が生き生きとした表情を浮かべるのに目を奪われた。そしてまた、数少ない盛装の折などは、杜真ごときは直視することもかなわぬ程に景王は神々しく輝いていた。
　ところが、今、杜真の前の景王は――。

　白く小さな顔に掛かる紅い髪は、雨の飛沫で細かな水滴を付けていた。長い睫に縁取られた深い碧の目にも、透明な水が湛えられている。整った細い眉根を寄せ、つややかに濡れた小さな唇を結んだ表情を、あえて言葉にすれば、「切ない」、あるいは「やるせない」。
　じっと無言で雨を見詰める景王が自分よりも少し背が低く、とても華奢な身体つきをしていることに、杜真は初めて気付いた。どういう訳か、王とは物理的にも大きいものだと杜真は思い込んでいたのだ。その目で何度も王を見ていたにも関わらず。
　杜真は初めてこの国の王が、自分とほとんど歳の変わらない少女であることを意識した。傍らに立つこの儚げな少女を抱きしめ、慰めたい。自分の中から突然湧き上がった分不相応な想いに杜真は戸惑った。

「主上、もうお戻りにならないと」
　閨門から声が掛かる。
「わかった。邪魔をしてすまなかったな」
　言い置いて景王が立ち去った後も、杜真は立ち尽くしたままだった。

　それから雨が降る度に、景王は禁門にやって来た。
　ただ立って、雨を見つめ、促されて立ち去る。ただ、それだけ。
　なのに、杜真の心に小波が立つ。

　何度目の雨の日だっただろう。閨門からの声がいつもとは違う言葉を続けた。
「主上。急ぎの書状だとか」
　ごく簡単な紙切れを受け取った景王はそれを開くと、満面に笑みを浮かべた。大輪の花が開くように。雲が切れ太陽が輝き渡るように。
　傍らで杜真はその表情の変化を息を詰めて見つめる。
「邪魔をしてすまなかった」
　何度も聞いた同じ台詞が、不思議と匂いやかに響く。

　その日の夕方、雨が止んだ。杜真の目の前の岩棚の水たまりが、夕焼けに染まる空を映し出す。
　その脇に騎獣を引き出し、景王は身軽にまたがった。そのまま供も連れずに飛び去る。
　幸せそうに輝く景王の横顔が、いつまでも杜真の目に焼き付いていた。





　了