延王×陽子／ぽぺ様

　　　『焔山３』

　金波宮で陽子との関係を高らかに宣言した後、延王は陽子を玄英宮に招くことにした。事実上のお披露目である。といってもあくまでも非公式な訪問ではあるし、既に陽子は玄英宮に何度も滞在したことがあるので顔馴染みも多い。それ程大袈裟に考える必要はないと延王は笑ったが、陽子は緊張していた。
　もちろん延王の「恋人」もしくは「内縁の妻」として扱われるのは気恥ずかしいながら嬉しくもあったのだが、自分が粗相をすればそれがそのまま二人の関係への評価、ひいては延王への評価に直結しそうで不安だった。

　いよいよ明日は玄英宮へ行くという日の昼過ぎ。景王の執務室に延王がひょっこりと顔を出した。
「どうだ、調子は」
「尚隆！」
「何だ、もうほとんど終ってるじゃないか」
　いつもはどっさりと積み上げられている未決書類の山がないことを見て取って延王が言った。
「明日からのお休みで差し障りが出るといけないからと、随分頑張られましての。今ご覧になっているのが最後の一件です」
　傍らに控えていた大師が笑った。
　その言葉の側から景王は筆に手を伸ばし、さらさらと署名をすると御爾を押した。
「この案件はこのまま進めるように浩瀚に言ってくれ。結果は戻ってから聞くので十分間に合うと思う」
「御意」
　印影が乾くのを待つ間、辺りを片づけながら大師は延王に微笑みかけている景王に言った。
「よく頑張られましたな。ゆっくりとお休みをお楽しみなされませ」
　大師が書類を持って退出すると、陽子はううんと一つ伸びをした。
「終ったぁ」
　子供のような言い方に尚隆が笑った。
「随分早かったな」
「実は、明日からのことを考えると緊張してしまうので、考えないように仕事に集中していたんです。そうしたらとても速く片付いてしまって。景麒や浩瀚には内緒ですよ」
　小さく舌を出した陽子の頭をくしゃりと愛しそうに尚隆が撫でる。
「別に緊張することなどない」
「でも……」
　また少し不安な顔をした恋人に、尚隆は尋ねた。
「お前、今日の仕事はもう終りだろう」
「え、ええ」
「じゃあこれから雁に行こう」
「え、でも明日……」
「これから出掛けて明日の夜までに着けば文句はないだろう」
　悪戯を思い付いた子供のようににやりと笑う尚隆に、陽子が吹き出した。
「確かにそうですね」

　ほんの少し後、黒い髪の偉丈夫と朱い髪の少年を乗せて、一頭の趨虞が禁門を飛び立った。

　漸く緑で覆われた慶の国土を見渡しながら、のんびりと趨虞は空を駆ける。ふわりと高度を上げ、高岫山を飛び越えた。
「あれは焔山ですね」
　上空からもはっきりと分かる、燃えるような山。
「そうだ。降りてみるか」
　高度を下げるにつれ、以前に見た時とは様子が違うことが見て取れた。
「何だか前の時よりも色が明るいような……」
「ああ。前に見た時は秋も終りだったからな。今は若葉が出たばかりだから」
　以前よりさらに燃え上がるような木、燃え上がるような山に、陽子が息を飲む。
　そんな陽子を後ろから抱き締めて、尚隆は趨虞をそっと地上に降ろした。

「すごい人」
　石段を見上げて陽子が呟いた。前に見た時とは打って変わって、石段は列を成した沢山の人で埋め尽くされている。
「見頃だからな」
　肩を竦めて尚隆が言った。
「たまを置いて来るから待ってろ」
「はい」
　人混みを避けて、陽子は露台の端の方に凭れて山を眺めた。
　手前の細い小川がすぐ向こうの谷へ流れ落ち、さらにその向こうに艶やかな朱の葉で埋め尽くされた山が険しく立ち上がる。その力強い光景が陽子を圧倒したその時。

　突然、石段の上の方から叫び声が上がった。
「あっ」
「真真！」
　その瞬間、弾かれたように陽子が露台の手摺を乗越え、走り出した。
　上の石段の手摺の隙間から押し出され急斜面を滑り落ちて来る子供を、坂を斜めに走りながらうまく捕らえたものの、足場が悪くて止まることが出来ない。子供を抱え込んで丸くなると、陽子はそのまま斜面を転がり落ちて行った。
「陽子！」
　慌てて駆け戻った尚隆が露台の端から谷を覗き込んだが、陽子の姿は既に見えなかった。とっさに尚隆は趨虞に跨ると飛び上がった。谷に向かって叫ぶ。
「陽子、どこだっ」
「尚隆、こっち」
　思いがけず近くから返事があった。見ると小川の中にびしょ濡れの陽子が子供を抱えて立っていた。
「怪我は」
「大丈夫。落ち葉が積もっていたし、最後は川に落ちたから、ほとんどどこも打たなかったし」
　ほうっと安堵の溜め息をついて、尚隆は趨虞に陽子を引っ張り上げた。
「全く、無茶をする」
「すみません」
「子供は無事か」
「ええ、多分。吃驚しているみたいですが」
　露台の上で真っ青になっていた親に手渡して初めて、子供は大声で泣き出した。

　何度も何度も礼を言う親から漸く離れて、尚隆は近くの大きな宿館に向かった。
「尚隆？」
「早く着替えないと、いくら神籍にあっても風邪を引くぞ」
　確かに陽子は頭から足の先までずぶ濡れだった。
　趨虞を預けて部屋を取ると、尚隆はすぐに湯浴みの用意を申し付けた。

　用意が整うと同時にさっさと服を脱がそうとする尚隆の手を陽子が必死に押さえる。
「じ、自分でできます」
　尚隆に抱かれたことは何度もあったが、こんなに明るいうちに肌を晒したことはまだない。
　真っ赤になって泣き出しそうな顔で抵抗する陽子に尚隆は渋々手を放した。
「見ないでくださいねっ」
　強く言って衝立ての陰に隠れる陽子を尚隆は苦笑して見送った。

　正面に焔山が見えるように大きく採られた窓辺に立って髪を乾かす陽子を、尚隆はその窓に向かって置かれた榻から見上げていた。
「本当に怪我はなかったか」
「ええ」
「全く無茶な奴だな」
「すみません。考える前に身体が動いてしまうんです」
　そう言って笑う陽子に尚隆は口を尖らせた。
「もう少し済まなそうな顔をしたらどうだ。こっちは心臓が止まるかと思ったぞ」
「それは大変。六太君達に怨まれてしまう」
「こら。真面目に言っているんだ」
　尚隆は陽子の手を掴むと強引に引き寄せた。
「きゃっ」
「その減らず口が叩けないようにしてやる」
「あ……ん」
　強引に唇を塞いだ。陽子は一瞬抗う素振りを見せたが、すぐに尚隆の舌を受け入れた。
　熱く、深く、甘く。吐息を絡めながら尚隆の手が陽子の襟元から入り込んだ。
「あ、いやっ」
　陽子が拒もうとしたが、尚隆は許さなかった。
「だって、こんなに明るいのに……」
　首まで赤く染めて陽子が訴えると、尚隆は意地悪くにやりと笑った。
「怪我がないか見てやる」

　緋色の山の前で、尚隆は太陽の名を持つ少女を抱いた。

　了

2002.08.19

これをいただいたとき、嬉しくて「ぽぺさん！」を繰り返し叫んでました（笑）
んもー、それしか言葉にならないというか。

３では「怪我がないか見てやる」に大萌え(笑)　絶叫しました！！

このフレーズはいいですよねーｖｖ

陽子と延王の仲が認められている、というのは本当に嬉しくて。
そういう小説を読めただけでも嬉しくなっちゃうのです！！

ぽぺさん、本当にありがとうございました！！