延王×陽子／ぽぺ様

　　　『ＢｌｏｏｄｙＫｉｓｓ』

　口づけは微かに血の味がした。
　なんだかおかしくて、くすりと笑ってしまった。
「何がおかしい」
　男が怪訝そうに覗き込む。
　答えずに黙って男の裸の胸に頬を摺り寄せた。
　とくん、とくん、という規則正しい音。
「どうした」
　敷布に広がった私の髪を弄りながら男が聞く。
「血が流れているんだな、と思って」
　見上げると、何を当たり前のことを、というように男が笑っていた。

　今日の昼間のことだった。
　男と私は二人きりで関弓の街はずれにいた。
　特に目的があった訳ではない。ただ寄り添って歩きたかった。
　絡めた腕の温かさ、私に合わせて少しだけ緩めてくれている足の運び。他愛のない会話を紡ぐ心地よい声。
　幸せな時間。待ち望んでいた時間。
　そしてそれを手に入れてもまだ、私の中に巣食う不満。

　私は苛立っていた。
　今日まで三ヶ月も会えなかったことに。明日の次はまたいつ会えるか分からないことに。

　会えなかったのは、私が漣へ行って来たから。遥か西南の彼方の国は遠く、準備を含めてそれだけの時間がかかることは避けられなかった。訪問すること自体も含めて総ては必要なことだったし、暖かい南の国はとても楽しく、みんな私を歓迎してくれたのだけれど。
　それでも。
　仲睦まじい王と台輔の姿が、私は羨ましかった。
　もちろん二人は必要以上に私の前で接触したりはしなかった。
　でも。
　二人の間に交わされる視線に溢れる信頼が、交わされる言葉の端々から零れる愛情が、私に無理な願いを抱かせる。

　私が王でなく麒麟だったら、雁の麒麟だったら、ずっと尚隆と一緒にいられたのに。

　それはとても勝手な考えで、そんなことを考えてしまった自分自身が何だか嫌で。
　帰り道に無理を言って雁へ寄った私を男は笑って迎えてくれた。そして、どうしたいかと聞く男に、私はただ普通の恋人同士のように二人きりで外を歩きたいと答えたのだった。

　本当は。
　私は六太くんに会いたくなかったのかもしれない。
　自分の醜さを思い出すのが嫌で。
　自分の醜さに気づかれるのが怖くて。

　いらない思いを埋めるようにゆっくりと歩いていた時。
　突然後ろから悲鳴が聞こえた。
　振り返ると暴走して来る二頭立ての荷馬車と、逃げ惑う人々の間に立ち竦む子供の姿が見えた。
「陽子、子供を！」
　男の声が聞こえた気がしたけれど、もしかしたら空耳だったかもしれない。何もかもがあっという間のことだったから。
　多分私は子供を抱き上げて道の端に転がり込んだのだと思う。
　そして仰ぎ見たのは、立ったまま手綱を引き絞り、人のいない畑へと馬車ごと突っ込んで行く男の姿だった。
　道よりかなり低くなっている畑へ落ちるように馬車は消え、私が駆け寄った時はもう、横転した馬車と二頭のもがく馬の向こうで男が立ち上がるところだった。

　結局男が口の端と掌を少し切ったのと、私が腕を擦りむいた他は怪我人もなく、事は収まった。――玄英宮に戻ってから二人揃って成笙さんにたっぷり叱られるというおまけつきだったけれど。

　もう一度ゆっくりと唇を重ねる。
　少し腫れている男の唇。
「痛くない？」
「こんなもの。何しろ神籍だ。明日には治ってる。お前こそ大丈夫か」
　男が私の包帯を巻いた腕にそっと触れた。
「ええ。すぐに治ります。……六太くんに会えないまま帰ることになりそうなのが残念だけど」
「あんな奴、会わなくていい」
　子供っぽい言い方につい笑ってしまう。本当は誰よりも気遣っているくせに。
「麒麟って不思議ですよね」
「ん？」
「だって、誰でも身体中に血が流れているわけでしょう。薄い皮膚一枚の下にあるものが、少し外に出ただけで駄目だなんて」
「その外に出るってのがいけないんだろう。不便な奴等だ」
　男は簡単に言う。

「私、……廉台輔が羨ましかったんです」
　私の髪を弄るのが男の癖なら、男の胸の傷跡を指で辿るのが私の癖かもしれない。
「廉麟が？　何でだ？」
「麒麟なら、何時でも王の近くに居られるから」
　男が私の目を覗き込む、優しい黒い瞳。
「でも、さっき分かったんです。私が麒麟だったら、危ないことばかりするあなたの近くには居られないって」
　ふふ、と笑うと、男も笑って言い返してきた。
「それはお前も同じことだろう」
　男の首に腕を回して囁く。
「ええ。だから。麒麟ではなくて、あなたと一緒に戦える私で良かった、と」
「だから俺はお前に惚れたんだ」
　男の腕が私の背中に回された。

　私は自分から男に口づけた。
　――血の味を確かめるように。

　了

2002.08.19

ぽぺさんのサイトのバナーを作ったお礼にいただいてしまいました。

ううう……。うれしい（泣）

麒麟になりたいと願う陽子、でも、人であるからこそ延王のそばにいることができる。
ともに戦える――。

くううう～！！　すごくステキ！！

そうそう！　そうなんだよーー！！！　って拳に力が入っちゃいます（笑）

そして、これの逆を考えてみたり。

陽子が慶国の麒麟で、尚隆も雁国の麒麟だったら――。

二人はどういう関係になったんだろう、とか。

それを考えると、また萌えなんですけどねｖｖ

こういうネタばっかりが頭を渦巻きます（笑）

ぽぺさん、本当にありがとうございましたｖ