延王×陽子／きよた家様

　　　『逢間が響』

　それはたぶん、熔けるほど甘美で、痺れるほど切ないもの。

　うっとりと閉じていた目を開けると、思わぬ近かさに延王の顔があって陽子は驚いた。それは、気恥ずかしさに目を伏せても、男の表情が視界の隅に映るほどの、距離。
　ゆっくりと、離れていったその顔は優しい笑みを浮かべている。今、陽子の唇に触れたばかりの男のそれが、今度は頬に軽く触れた。

　大きな手が腰を、背中を掻き抱いて、伝わる暖かさが心を熔かす。触れるだけの口付けは、唇に仄かな感触だけを残し陽子を幸福の蜜の中へと落とした。

　…浅ましいと、わかっていたけれど。

　陽子は、もう一度それを感じてみたくて。
　そろり瞼を、閉じた。
「……」
　小さく、男が笑う気配がする。
　無言の要求であったがその意図を延王が履き違えることはなく、すぐその求めに応じる。今度は合わせるだけの口付けでなく、幾度か角度を変えて陽子の唇を濡らした。息を、どうしていいかもわからずに陽子は延王の着物の袖を握り締める。
「…延」
　震えないよう意識したが、どうしても声は消え入るほど小さくなってしまう。
　自分から彼の口付けを望んだと。
　そんな事実もあったから、次に唇が離れたとき、顔を合わせるのがこれ以上もなく恥ずかしくて陽子が俯いていると、延王はこつりと額を合わせてくる。
「ん？」
　かすれた声で呼んだ名に延王は、きっと陽子にしか聞こえないほどの大きさで応答を返す。
　それはこれだけ顔を近づけていなければ聞き逃してしまうほどに小さく、それなのにこんなにも耳に響く、声。――喜びに溢れた。
　きっと、陽子が聞きたいことも延王が伝えたいことも、そんな小さな、たった一語だけで、伝わる。

　身体の中を、今のこの場の空気だけで満たしたいと陽子は思った。酸素を循環させるために一度大きく息を吸い、今度は長く長く息を吐き出す。するとそれは、幸福を表す溜め息に、似た。
　額をすり合わせるよう動かして、着物の袖を握っていた手を恐る恐る男の背中に回す。掌から伝わる背中の広さや逞しさが、ひどく陽子を安心させた。

　ほっと、息を吐こうとするとそれを許す間もなく延王は陽子をきつく抱きしめた。

　三度目の口付けは陽子を翻弄した。
　下唇を甘く噛まれ、薄く唇が開いたことを自覚する間もなくぬるりとしたものが口腔へと侵入してくる。驚いた陽子が思わず身体を離そうとしても成功するはずはなく、むしろ離すまいとした延王の腕が片方、頭の後ろへと回される。
「…ふ…っ」
　苦しげに陽子が息を吐き出すと、延王はそれでようやく気がついたように唇を離す。
　火照った顔が恥ずかしい…。陽子はその胸に擦り寄るように顔を摩り付けた。

　突然、延王がさっと背中を扉の方へ向けて、その身体で抱きしめた陽子を隠すように動く。ようやく周りの音を聞くほどの余裕が持てた陽子の耳にも、臥室の外を誰かが歩み寄る足音が聞こえた。足音は、緊張が高まるのと同じ速さで臥室の前まで近づき、そのまま通り過ぎて、消えて行く。

　…もしかしたら誰か自分を探しているかもしれない。そんなことを陽子は延王の腕の中でぼんやり思った。

　別に今日、特別な政務があったわけではない。だからこうして逢っていられるのだが、それでも王はやはり忙しいものだし、空いた時間があれば景麒が奏上するために予告もなく訪ねてくることもある。麒麟にならばすぐその居場所が分かってしてしまうから、こんなところを見られれば一大事だった。
「陽子」
　頭を延王の胸にうずめたまま、視線だけで見上げてその言葉に含まれた意図を汲み取る。戻るか、と、延王はそう聞いているのだ。陽子は正直、少し迷った。
「……」
　もう一度擦り寄って、あまりに腕の中が心地良い事に呆然とする。いくらでも此処でこうしていられそうだ。だから、陽子は小さくため息をついて身体を離す。
「…戻ります」
　そう言って微苦笑する。延王も同じように笑って触れるだけの口付けを落とし、陽子の背中を軽く叩く。
「それがいいだろうな」
「…はい」
　夢から覚めるのは一瞬だ。抱き合っていた身体が離れてしまうのは後ろ髪を引かれるほど淋しかった。陽子がその想いを振り払うために小さく、よし、と気合を入れると、延王は苦く笑う。
「…女は、怖い」
「は？」
　それが何を意味するのかわからずに陽子は首をかしげる。延王は肩を竦めて、なんでもない、と言って見せ、さて、と気分を変えた。
「それでは俺も帰るとするか」
　あからさまにしぶしぶ、といった様子の男を見て陽子は微笑む。そして、不意に思い立って行動に移した。
「延王」
「ん？」
　なんだ、と見下ろした延王の首に陽子が抱きつき、不器用に唇を合わせた。かと思うと飛びのいて、照れくさそうに、笑う。
「また、今度」
　囁き声を残し、陽子は臥室を飛び出すようにして駆け去った。
　突然の事態にこの男は、珍しくその場で呆然と固まった。やがて重々しくため息をつくと、
「やはり、女は怖い…」
　そう呟いて、彼も臥室を後にした。

　了

2002.08.19

１００ＨＩＴのキリリクで『いちゃいちゃでらぶらぶ』『チュウ５回』とお願いしたのですが、

これを読み終わったときの第一声は

「失敗した！！（泣）」

なんでチュウ５回なんて制約をつけてしまったんだ、と（笑）

いや、本当に後悔しまくりました（笑）

イチャイチャしまくってて、読みながらとろけそうなほど嬉しかったのですが。

陽子がかわいいーーー！！！！！（悶）……と、

思わず、陽子にチュウしたくなる延王の気持ちになってしまう私がいました（笑）

私だったら５回じゃすみません！！

おまけに、この一言！

「また今度」

「また今度」

「また今度！！」

陽子女王から、再度のお約束が！！！

きっと、陽子様ったら無意識に言ってますね！　

「また今度！！！！！」（しつこい）

延王も、次は同じことがあっても絶対に放さないでしょう！

つか、「戻るか」と聞いてしまった自分を悔いているに違いなく！　カッカッカ！　バカめ！

二人とも一歩踏み込むことを恐れつつも、ラブラブ度を保ち続けるこの文章。

めっちゃ燃えました！

チュウの連続技はイチャイチャの極意です！！

普通のオナゴなら「戻るか」に「戻らない」ですむけど、そこは我等が陽子様。

よし！って気合がかわいいったらもう！！

きよた家さんｖｖ　本当にありがとうございました～！！！