柴望シリアス/亜美様





   
『若菜』





 15 「君がため 春の野に出でて 若菜摘む 我が衣手に 雪は降りつつ」





「ふむ、確かこれもそうだな」
柴望は、雪の中から摘み上げたその草を籠の中にそっと入れた。
竹で編んだ小さめの籠の中は、彼が集めた草葉で、一杯になっていた。
草───と言っても、それは薬草であり、無論、知識のある者でなければ、集められぬ。
薬草集めなど久しいので、果たして雪の中初めての場所で、ちゃんと見つかるか不安であったが、思ったよりも収穫があった。
代わりに、彼の指は早朝の風と雪に赤く凍えて痺れている。指先を揉むと、じんとする痛みが少し和らいだ。けれど今度は雪に埋もれた爪先が沓の中で悲鳴を上げる。
新王が即位したというのに、なかなか気候が落ち着かぬ。本来、慶では雪は降ったとしてもなかなか積もりはしないのだが・・・巷では玉座にまた女王がついたせいだと無責任に囁く者もいる。なんでも王のせいにすれば己はさぞ楽であろう・・・
柴望はその、なかなかに思慮深そうな顔を暗くした。
今は止んでいる雪は、けれど辺りを白く染め、何かを冷たく覆い隠しているようだった。



国官を目指すことに、そして、学ぶことに情熱を持てなくなった自分だったが、ある日、松塾で一人の少年に声を掛けた。学頭、そして学頭よりも力のあるといわれる老師遠甫の特別な計らいでこの義塾に通うわずか12才の少年、浩瀚。
少年は一心に書を読んでいた。毎日のように変わる今日のそれは、以前柴望自身も読んだことのある書───薬草の本だった。
「薬草・薬石と言えば、舜だな。その本も舜の薬草を元に書かれている」
「慶には慶独自の薬草もある。知っているかい?」
目を輝かせて聞いていた浩瀚は、柴望をじっと見つめたまま首を振った。柴望のどんな一言すら聞き漏らさないというように。



───本物を見た方が覚えやすいだろう。
柴望の知ることを教えてやる約束をしたその日の朝、何気なく思い立った考えで、柴望は雪が降る中、朝早くから外に出た。
林の中、雪の隙間に見覚えのある葉を捜して歩く。そう言えば昔もこうして捜したことがあった。かつて、情熱に燃えるまま、全ての知識を得ようと、そして当然得られるだろうと思っていた自分が懐かしく。
それを久しぶりに、少年の瞳の中に見たことが嬉しい様な、切ないような。
そう言えば、得た知識を使うことを久しく忘れていた。
今日は自分の為ではなく、人のために───それが例え年端もゆかぬ子供であろうと───嬉しくて。
雪の中、彼は自分の想いを捜す。
「───さて、そろそろ約束の時間か、戻らねば」



「───柴望さま?」
声を掛け幾許かすると、子供が目を擦りながら扉を開けた。子供ながらいつでも凛々しい風の少年が、今日は珍しくも寝巻きのまま、首元に髪が乱れ、何処となく頼りなげに見えて、柴望は少し動揺した。
「やあ、れ・・・浩瀚。すまない、ちょっと早すぎたかな?」
「いいえ、柴望様。おはようございます・・・それは?」
「ああ、採って来たんだ。薬草の勉強は実際に見た方がいいからね」
「・・・わざわざ、採ってきて下さったんですか?」
「ああ、この辺りで見つかるものだけだけれどね、なかなかの収穫だったよ」
かごを傾けると、少年は吸い込まれるように籠の中を覗いた。その目が大きく見開かれ輝いている。
───まったく、飢えているように知りたがる子供だな。
柴望は少し可笑しく思ったが、浩瀚はまじめな顔をして申し訳なさそうに柴望を見上げた。
「・・・ぼくの為に、わざわざ?」
「まあ、自分の為でもある。偶には使わないと知識がさびてしまうからね」
気を使っている様子が伝わり、柴望は軽く笑った。
「あ、柴望様、袖に雪が・・・」
払うことを失念していた柴望の袖には雪がついていた。浩瀚はその雪を払うと、ふと気がついたように柴望の手に触れた。
「こんなに冷たい・・・」
「大丈夫だよ」
「でも」
浩瀚は、柴望の冷たい大きな手を、それに比べると小さな己の手で、できる限り包み込んだ。
子供の体温のその手は、驚くほど暖かく、柴望の凍えた手に熱をもたらした。
そして、その少女のように艶やかな唇を寄せ、はあ〜と暖かい息を吹きかけた。
「暖めて差しあげますね」
そう言って、柴望を見上げた。
「・・・柴望様、お顔が赤いですが、お風邪ですか?」
「ああ、そうかも知れん・・・この薬草でも煎じて飲むか。ついでに調合の仕方も少しなら教えよう」
「はい!」
───確か、熱に良く効く薬草も採った筈。全く知識というのは使ってこそのものだなあ。
尊敬の眼差しで見られ、血の昇った赤い顔をふりふり、けれど柴望は愉しげだった。
外では日が射しはじめ、雪がきらめきながら徐々に溶けていった。





 了





2003.02.21





……亜美様のコメント……

ここでいう、新王即位とは、予王の前の女王さまです(←勝手設定^^;)

何が書きたかったんだか・・・ってミエミエじゃん^^;
ちょっと生活に疲れたおじさま復活の兆しですvv
慶国に若葉は芽吹くのでしょうか?









亜美様から年賀でいただきましたv

亜美様の浩瀚を「きゃーv かわいいーーv」などと思うのはまちがい。

なぜなら、彼は……ブルブルブル。

亜美さんの浩瀚にハマった私はこんなにかわいい彼を読むたびにゾクゾクするのです……v

もう、快感。丈田か・い・か・んv






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