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桂桂シリアス／亜美様
『雪のぬくもり』
15 「君がため 春の野に出でて 若菜摘む 我が衣手に 雪は降りつつ」
子供は、冷えた指先に、はあ、と息を吹きかけた。
じんじんとする痛みでもって、これ以上の苦行は止めてくれと訴えかけた手は、辺りを白く染めた暖かさに一瞬黙り込んだ。
その隙に、子供はまた雪の中、真っ赤になった小さな手を伸ばす。
雪に埋もれた白い小さな花に。
凍りついた木の枝の紅い花に。
身を切るような冷たさに、一時黙り込んだ指先がまた悲鳴を上げた。
けれど、子供はやめようとはしなかった。
ただ、黙々と、苦行を続ける。
───花を。
───もっとたくさんの花を。
───花をあの人に。
夜明けてすぐの雲海の上に、珍しく雪が降り始めたのは、桂桂がいつもより少し早めに起き出してすぐ、だった。
慶の冬はそれなりに寒い。寒いが雪はあまり降らない。と、いってもそれは北方の国々に比べてのことだが。
桂桂は冬が好きだった。雪が好きだった。
冬になると、人の温もりがはっきりと感じられるから。
雪が降ると、人は集まり互いを暖めようとする、その温もりがより一層暖かく感じるから。
今自分の周りには、いつでも誰かがいる、側にいてくれる。
以前は冬にしか得られなかった温もりが、今ではいつでも側にある。
桂桂は優しい人々を想い浮かべて、少し微笑んだ。
けれど。
無くした温もりもある。
雲海の上で暮らすようになって、時々、無くした温もりが無性に恋しくなることがある。
そんな時は、早起きして花を摘む。
王宮の庭の人の目の触れるところに飾られている大きな花ではなく、雲海の淵にひっそりと咲く小さな花々を。
そして───
王宮の隅には一本の木があった。
それほど大きくもなく、それほど小さくもなく。
周りの木に埋もれてしまいそうな変哲もない木。
ただ、冬には周りの木々がくすんでゆく中、その青々とした葉を鮮やかにする。
───梓の木。
桂桂がこの木を見つけたのは、王宮に来て次の冬だった。最初の冬はずっと臥せっていたから覚えてはいない。
どこかで見たことのある葉だと、思った。考えて、思い出した。
その葉を白く塗れば、よく見るものだということを。
そう、最近も見た───自分の姉の冢墓の前で。
なぜ、そんなものが王宮の庭にあるのか不思議に思いながら、一度しか行った事のない姉の冢墓を想った。桂桂が一人で下界に下りることはなく、降りたければ誰かに連れて行ってもらわなくてはならない。そして桂桂は、優しい人たちにそれを言い出すことができなかった。
だから、この梓の木が、代わりになった。
丸い石を見つけ出し、その木の根元に置いた。
時折、幹に背を預け、笑う訳でなく、もちろん泣く訳でなく、ただ考えたりする。何も考えないこともある。
この雲海の上の暮らしには辛いことなど一つもない。
皆優しい人達で、桂桂を可愛がってくれる。桂桂だって、自分にできる仕事を一生懸命して、時には勉強もしたりして、毎日が楽しく忙しい。
けれど、時折ふと思い出す。姉はどんな顔をしていただろう？どんな声をしていただろう？その手はどんな風に暖かかっただろうか？
桂桂は小さな花束を石の上に置いた。かじかんだ指先から取り落としそうになったので、口元に手を当て、はあっ、と息を吹きかけてみる。
ふわりと、漂った吐息は風に凍りついた。
たまにその石を撫でてみたりする日もあるが、今日は雪を払うだけでもその冷たさが明らかだった。と、いっても桂桂の手とて最早寒さを感じぬ程に冷え切っていたのだが。
石を撫でる代わりに、梓の木の幹に手を回す。
幹はやはり冷たく、けれどそれは石ほどではなく、頬を当てていると、だんだんに温かみが移ってゆく。そうして、移っていった自分の体温に、無くしてしまった温もりを想う。
梓の木の一時暖かくなったその手触りに満足しながら、桂桂はそこを離れた。
───また、来るね。
「ようこ！」
自分を気に掛けてくれるこの人が、ひっそりと咲く野の花が好きだということは知っていたので。
桂桂はもうひとつ作っておいた小さな花束を差し出す。
陽子は屈託ない笑顔で、ありがとうと礼を言い、花を受けてくれた。
そして、桂桂の赤く冷たくなった手を、その暖かく柔らかな手ですっぽりと包んでくれた。
───あたたかい。
うふふ、と桂桂は少し照れてしまう。だって、あったかくて、良い匂いがして、気持ちがいいのだもの。
こんなに冷たくなって、雪も降っているのだろう？と、眉を顰めて陽子が言う。
「うん。後で雪遊びしよう！」
元気だな、と苦笑する陽子に桂桂は満面の笑みを浮かべる。
「うん、冬って大好き。だって心がほんわかするの！」
了
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