慶国ほのぼの／小姐様

　　　『蓬莱夜倶楽部（ないとくらぶじゃばん）』

堯天のとあるとおりに突如現れた、ほすと倶楽部…。
官邸での贅沢遊びに飽いた女性たちを、今とりこにする店…。

「叔叔さん（おじさん）、その烏龍茶みたいなの、頂戴。」
「姑娘（おじょう）さん、こいつは烏龍茶じゃありませんよ。」
「…うるさいわね。これでも先々代の王の時代から生きてんのよ。蓬莱のお酒だって事ぐらいわかってるわ。さっさとおよこし。」
いかつい顔をした男が首をすくめる。
「…へい。」
やがて出された琥珀色の酒に、私は思いっきり溜息を落とした。

後ろを振り返らなくても母様が若い男を侍らせて遊んでいる声が聞こえる。
遊びたいのなら一人で遊びに来ればいいのに、こうして私を連れてくる。
どうせ父様に告げ口されたくないから私を共犯にしたいのだろう。
まったく、どうしてこんな冷めた夫婦に天帝は子を持つことを許したのかしら。
父様は国庫の金を横領しているし、母様は贅沢しか能がないし。
ああもうやんなっちゃう。

私はもう一度溜息をついた後、蓬莱風だという素っ気無い透明な硝子の杯に手を伸ばした。

不意にちゃりん、と音がして目の前に銀貨が一枚転がってきた。
「そのういすきーは、わたしが頂いておきましょう。」
低い男の声がして目の前にあった杯を攫ってゆく。
「あ、ちょっと、なにすんのよ！」
きっとその手の主をにらみつけた私は一瞬呆けた。

いつの間にか隣に座っていたのは葡萄酒色の外套に身を包んだ細身の男。
大きな切れ長の目は紅く、顔はぞっとするほど綺麗で紫の髪がゆるゆると大きく肌蹴た胸元に伸びる。
男はにこりと笑みで返してきた。
「これは貴女にはまだ早い。…ジュウサク、あれを。」
「…へい。」
「ちょ、ちょっと、勝手に決めないでよ！　私はそれがいいの！」
そういって取り返そうと伸ばした手をひょいとよけると、男は微笑んだまま杯に口をつけた。

その光景があまりに綺麗で、何故か私は自分が接吻されたかのように顔を赤らめる。
「…。」
ほんの少し酒を飲んだ後で、男があれ、と声を上げた。
「…もしかして、『あの方』のご息女で？」
そういって、体で後ろから見えないようにしながら後ろを指さす。
「…そうよ、アレが私の母様。」
ふぅん、と小さく言うと、男はちらりと母様のほうを見ながら意味ありげにくつくつと笑う。
「君は、母君とは違う人間のようだね。」
「えっ。」
どきり、として私は思わず男の顔を見た。

「…おまちどお。」
野太い声に振り返ると、目の前に綺麗な橘子（みかん）色の酒が置かれた。
「私のおごりです。」
目を細めて男が笑う。男は組んだ両手の上に形のよい顎を乗せ、こちらが杯に口を付けるのを待っている。
しばしそれに見とれながら、私はそろり手をのばし、おそるおそる一口飲む。はっきりいって味は橘子汁（みかんじゅーす）とほとんど変わらなかった。…実を言えば、お酒なんて、飲めるほうじゃない。
「…美味しい。」
「それは良かった。」
男が一層目を細めた時、うしろからハンキョ、と声がかかった。
「…失礼、姑娘（おじょう）さん。また次の機会に、ゆっくりと。」
男はまたあの綺麗な微笑みを残して席を立つ。
その背中をちょっとだけ残念だなと見送って、私は一気に杯を干した。
「…叔叔さん、あの人、ハンキョって言うの？」
「…へい。」
「これと同じの、もういっぱい頂戴。」
「…へい。」

ハンキョか。次に母様が出歩く時は、またついてこよう。

その日、私は知らぬ間にへべれけになるまで酔っ払っていた。

＊＊＊

金波宮内殿のとある一室…。
「いかがですの、例の計画の進み具合は？」
「祥瓊、お前の読んだ通り、腹黒い官の奥方連中は班渠達に今までくすねてきた国庫の金を貢いでいる…計画は成功だ。」
「それはようございましたね、浩瀚様。慶は財政が厳しいとはいえ、あるところにはあるのですもの。」
しかし、と浩瀚はひとつ溜息を漏らす。
「正直、複雑だな。」
「なにがです？」
「台輔に冗裕をつけて店に出す計画は失敗したが売り上げ目標は当初の予定より大幅に上回っている。その売り上げの五割が班渠、二割が驃騎で三割が雀胡…。範国の秘薬で人型となったにしても、妖魔であるあいつらにこんな才能があったとは…。」
「…。」
ふと浩瀚の目がきらりと光った。
「いっそ女に化けれれば隣国の王も落とせるやも…。」
「名案ですわね。早速明日にでも青鳥を…いえ、鳳を使い連絡を。班渠と驃騎であれば、範の宝玉で割くことも可能ですもの。」
蝋燭の明かりの中、二人はこっくりと頷いた。

＊＊＊

同じく金波宮正寝のとある一室…。
――おい、班渠。
――ジュウサク、敵か。
――いや、ひとつお前に聞きたいことがあってな…。
――？　なんだ、こんな時に。
――何故いつも最初の客にあの酒…すくりゅーどらいばーとかいうのを出すのだ？
くつくつと班渠が笑う。
――あれには別名があってな。れでぃーきらー、という…

御馬鹿小説・終劇

2003.03.08

……小姐さんのコメント……

最後までお付き合いくださりありがとうございました。
スクリュードライバーを甘く見る無かれ。
ウォッカベースで、アルコール度が分かりにくいために別名をレディー・キラーと言うそうです。
（でも小姐はカクテル飲みません）

３０万ＨＩＴのお祝いにいただきました。

ジュウサクの「へい」がツボ（笑）

江戸時代入ってるよっ！！　好きだ～！！

ジュウサクもゴツ系の美形だったらいいな～ｖｖ

班渠はハマリすぎ！！（笑）

絶対に惚れるって！！

ていうか、陽子にはジョウユウなどつける必要なし！（笑）
そのまま店に出すべし！！（笑）

小姐さん、楽しい小説本当にありがとうございましたｖ