浩瀚×陽子/めれーな様
『落花』
ふかふかと心地よい感触に包まれながら、陽子はぼんやりと、目を開いた。
滑らかな褥の肌触りに、嗅ぎ慣れた香の匂い。
薄暗い房室の中、牀榻の天蓋を、ただ、瞳に映し───はっと我に返る。
(──────こここここここ、ここはどこだ!?)
自分が置かれた状況が全く掴めず、慌てて飛び起きようとした陽子を束縛する腕があった。
……自分を軽く抱き締め、傍で幸せそうに眠る男に朱が昇り、両の頬を思いきり抓る。
「───おい」
低く通る声で呼び掛けられ、浩瀚は目を覚ました。少女の手首をそっと掴み、頬の痛みなど意に介さぬ様子で、悠然と微笑む。
「…お目覚めでしたか」
「わわ、私はどうして、こんなところで寝ているのだ!?」
───お前の房室の牀榻で───お前に抱かれて!
「おや、ご記憶にないのですか? …困った方ですねぇ」
真っ赤な顔で、口をパクパクさせる少女に、男は悪びれる様子もなく、心外そうに答える。
「私は! ………内殿の庭院の…路亭の榻で、う、うとうとしてたはずだぞ!」
晩秋のこの日は、正に小春日和であった。昼餉を取り、日の当たる場所で書を読もうと、屋外へ出たことまでは、陽子もはっきり覚えている。
「貴女は、路亭の傍に立つ、楓の根元に転げておいででした」
「え!? ほ、ほんと!?」
……寝とぼけて、榻から転げ落ちたのだろうか。
事実なら、かなり恥ずかしいが……だとしても。
「けっ、けど、だからといって、どうしてこここここ、こ、ここに…」
身を捩ろうとしたが、男は微笑んだまま、抱き寄せた腕を離さない。
「私が通りかかった頃は、随分日も翳って、冷えこんでおりました。主上をそのようなところに転がしたままには、しておけないでしょう。丁度、自分の房室に下がる途中でしたので、恐れながら、拙宅へお連れ申しあげた次第です」
「お前…『恐れながら』と、同衾するか…」
「主上の寝顔を拝見しておりましたら、何だか私も眠気を催してきましてね」
「それで───それで、どうして私は官服を脱いで寝ているんだ!?」
身につけているのは、小衫一枚。
「お召しが草露で濡れておりました。そのままお寝かしして、お風邪を召されては大変ですし、皺になってしまうでしょう」
「───それで、お前も服を脱いでいるって訳か…」
ああ言えばこう言う、男の弁才に、陽子はとうとう吹き出した。腕の中でくつくつと笑い出す。
「まったく…お前と話していたら、蓬莱の御伽噺を思い出したよ」
「は───御伽噺、ですか?」
きょとんとする浩瀚に、笑いを堪えながら、陽子はその粗筋を説明した。曰く、祖母を見舞いに森を行く少女に寄り道を唆し、その間に祖母を食らっておいてから、挙げ句祖母に扮して少女を食らおうと企む狼と、そうとは知らずに狼の許を訪ねた少女との会話、そのものだと。
「───けど、最後に狼は、猟師に討たれてしまうんだ。少女もお祖母さんも助かるのが、童話らしい話だと思うけどね」
くすくす笑いながら無邪気に話す、その物語の深意に、少女は気付いているのだろうか、と、男は小さく溜息をついた。
それとも…誘っているのか。
「蓬莱の御伽噺とやらは存じませんが…」
言いながら浩瀚は、陽子を引き寄せ、頬に手を添えた。
「『狼』が何を現しているかは、どちらの世界でも同じようですね」
ここには、『猟師』は、いない。
男が言った科白の意味を、やおら理解した少女は、途端に顔を赤らめる。
慌てていいかけた言葉を、しかし、男はくつり笑いながら、強引に、塞いだ。
了
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2003.03.08 |
……めれーな様のコメント……
陽子…幾ら自分の家だからって、
いいかげん、むやみやたらと転がって寝るのは辞めて頂かないと、
もれなく誰かに拾われてってしまうぞ!vv ちゅーことで!!(笑)
タイトルは「赤ずきんちゃん」でもよかったんですが(笑)、
清らかに(あはは)「落花」と。
言葉通り「花が落ちる、散った花」を意味しますが、
この熟語には「落花流水の情」(相思相愛vって意味)とか、
「落花狼藉」(花を散らすような乱暴をすることって意味)とかいうのがあるそうです。
───浩瀚はどっち? くくくく…(邪笑)
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落花。良い題なのです〜vv
いや、まんま「赤頭巾」でも良かったかもしれませんぞ(笑)
狼さんがパクパク……vv 良い話だっ!!
もう、めれーなさんの浩瀚はとにかくツボだから!!
読みながら頬を押さえておかないと大変なことになってしまうのです。
にまにまにまにましちゃうのよ〜vv
めれーなさん。ステキな小説本当にありがとうございましたvv
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