陽子のシリアス／Ｈ.ｖ.Ｈ.様

　　　『Virginity』

髪を解かずに、鏡の前に立ってみた。

ほっそりした女が一人、その中に立っていた。
鮮やかな紅に光る爪が際立っていた。

わざわざ美しく装ったのは、その男に見せるためだった。
その男に、美しく見られたかったからだった。

息を大きく吐こうとわずかに唇を開いてみると、その唇はあたかも誰かを誘っているようだった。
立っているだけなのに、密やかに扇情的な己の姿。

別れ際の、男の切なそうな瞳が甦った。

・・・でも、まだなの。

乙女の身体の中に眠る決意は、まだ闇の中を微睡んでいる。

そっと襟元に手をかけ、肩を露にする。
いつも着替える時は髪を先に解くのだが、あえて髪を結い上げたまま着物を脱いでみた。

白い胸もとが、静かに呼吸していた。
向こうにいた頃と違ってふだん外に晒さないそこは、大切に守られて育った百合の花のように白くて、柔らかかった。
扇情的な紅に彩られた爪を突き立てたら、今にも血が流れそうなほどに。

むかし。
あちらで、映画を見た。
教科書にも出てくる有名な音楽家の物語を描いた映画で。
たいして興味があるわけではなかったから、内容はあまり憶えていないのだが。
男に身体を許す決意をした女が、寝室で髪を解いて男を待っていた。
劇中、女が髪を解くのはその場面だけだった。
はらりと舞い落ちた髪が表していたのは、女の秘かな決意。

・・・でも、まだなの。

髪をきっちりと結ったまま、さらに着物を下に降ろす。

・・・いつかは。

そっと目を閉じて、愛しい男を瞼の裏に思い起こしてみるのだが。
やがて目を開けてみれば、いまにも着物を脱ごうとしている女が鏡の中に立っているだけ。

・・・でも、まだなの。

了

2003.03.21

……Ｈ．ｖ．Ｈ様のコメント……

お預けを喰らっているのが誰かは、各自お好きなように想像して下さい。

問題の映画は『わが愛の譜　滝廉太郎物語』です。
でも廉太郎は自分が結核を患っているのを知っていたから、
彼女の寝室を訪れずに、帰ってしまうのです。
留学先のドイツの家の、二階の窓から呆然と見下ろす彼女に、
黙って一礼して、日本に帰ってしまう。悲恋なのです。
映画は実のところ、役者があまりにも下手すぎてもうガックシなんですけど、構図はグーですよ。
（ってここで映画語りをしてどうする！？）

キワドさを助長しているタイトルは昔のレベッカのキワドい歌のタイトルです。

はーさまのリクエストで描いた絵に挿し小説を頂いてしまいましたｖｖ
ありがとうございます～ｖｖ

でも、まだなの。

でも

いつかは！！

陽子攻めの心意気！　確かに！！！

少女と乙女と大人の微妙な狭間に立つって感じですよね。
でも、文章の中にはもう覚悟は出来ているって雰囲気を感じますｖｖ

後はきっかけなのか。

いいのよ！！　無理しなくてもっ！！

徐々に心を固めていくことも大切だと思うし、むしろ、それを待てない男はダメ！！

陽子を大切にしてくれる男でなくてはね！！

はーさま。本当にありがとうございましたｖｖ
絵に挿し小説って本当にうれしいですっ！　幸せ～ｖｖ＞＜