延王×陽子／千里様

　　　『潮騒』

　潮騒が聞こえる。

　それは彼女にとってはとても心地よいもの。

　この世界に来て初めて綺麗だと感じたもの。

「厳密に言えばこの海じゃなかったけどな………」

　彼女はそう呟いた。
　彼女が見ているのは雲海と呼ばれる海。
　そして、彼女がこの世界で初めて綺麗だと思ったのは虚海と呼ばれる海だった。

「海が好きなことに変わりはないけど」

　そう囁いて、彼女はくすっと笑った。

　と、そこへ彼女の房室の方から声がした。

「……風邪を引くぞ」

　彼女は聞こえてきた男の声に綺麗な笑みを漏らした。

「いくら慶の気候が良いからといって…冬にそんな薄着で外にいるなど」

「でも火照った体を冷ますには丁度いいですよ」

　彼女の口から零れる言葉にはどこか甘えたような感じが漂っている。

「………せっかく温めてやったのに、何故冷ます必要がある？」

　男の方の声音は彼女の言に拗ねたような調子である。

「…海の、音が聞こえたから」

　言いながら彼女は、彼女の座っている椅子の傍らに立っていた男の頭をそっと自分の胸に抱き寄せた。
　男はそれに逆らわずに、膝をつき、力を抜いて彼女に抱き締められた。

「海？」

「そう。潮騒が聞こえてきて…そうしたらなんだか嬉しくなっちゃって」

「陽子は泳げないのに海が好きだからな」

「む～～。そりゃあ、海で育った誰かさんはすいすい泳げるんでしょうけど！」

　今度は彼女が拗ねて、抱き寄せた男の頭の上に自分の顎を乗せて、頬をぷうっと膨らませる。
　男はそんな彼女の様子に笑みを浮かべた。

「そうだな。俺も海は好きだったが…」

「だった？」

「今は海に陽子を取られるのでな、あまり好きではない」

　彼女は男の言葉にほんのり顔を紅く染める。

「……そんなこと」

「そうか？　だが実際に陽子はこうして俺の腕から抜け出して、海に愛でられているではないか」

　男の声に“淋しさ”を感じた彼女は、男をぎゅっと抱き締め、優しく言った。

「でも私は海よりも貴方の方が好きですよ」

　男は彼女を見上げ、幸せそうに微笑んだ。

「これは嬉しいことを言ってくれる」

　そうして二人は冷え切った身体を温めるためにまた、夢の中へと戻っていった。

　終

2003.03.21

……千里様のコメント……

　…あれ？　冬のお話のはずだったのに、
冬らしさが全然出せてませんね（爆）

ある冬の日、ということで許してくださいませ…。

５万打アンケートのお礼でいただきましたｖ

千里さんの話は本当に空気が優しい！！

男たちが優しくて包容力があって、それでいて可愛いのですっ！！

この優しさに惚ーれーるーーｖ

これがなかったら絶対に惚れない、という男の条件を丸々持っているんですもん！！

陽子が本当に愛されているなって分かるのが何よりもうれしいのですっ！！
陽子の幸せ、私にとってはそれが第一だから！！（主張）

くあ～！！　私もこういう文章が書きたいっ！！　こういう男がっ！！

千里さん、ステキな小説、ありがとうございました！！