延王×陽子/阿雅茅真櫻様





   
『存在』





夜の雲海は潮騒が心の奥深くまで侵食してくる。

寝静まった金波宮は下界に比べて一層静まりかえっていた。

ただ虚しいと感じる夜は何日を過ぎただろう。

露台から、月が太陽に換わるまでをただ見ていては溜息を落とす。

「主上」

予期せぬ来訪者の下僕の言葉に陽子は赤い髪を振り乱して背後を見た。

「景麒・・・なぜ、起きているんだ」

主の言葉にどこか気まずそうに目をそむけた。

「主上のいるところなど王気で分かります。主上、ここ何日か眠っておられないのですね」

陽子はくすりと笑う。

「お前には隠し事はできないな」

「何か・・・悩んでいらっしゃいますか?」

「・・・いや」

静かにいう陽子を景麒は見ながら一つ溜息を落とす。

陽子の目の前まで歩くと膝をついた。景麒の意外な行動に陽子は戸惑いを見せる。

いつも愚痴ばかり言う景麒の行動とは思えなかった。

「主上・・・私はあなたの半身でもあります。なぜ、そんなに硬くおなりか?」

「景麒」

「こんな事をいっていいか憚れますが、私は主上のご存知のとおり先王にも仕えました。私は、予王の気持ちを分かってやれなかった。寂しさを理解できなかった。過ちは二度と繰り返させたくないのです」

「・・・今日はよく喋る」

陽子は景麒から目をそらした。

雲海から吹き上げる微風が景麒と陽子の髪をなびかせた。景麒の瞳が一層深い色に変わる。

「主上」

「・・・・」

「王は弱みを見せてはいけません」

小さく呟かれた言葉を陽子は目を見開いて景麒を見た。景麒はまっすぐと陽子を見据える。

「ですが、主上。私にも弱みを見せてもらえないのでしょうか?」

「景麒?」

「私は・・・。あなたは私が厭なのですか?」

「そうではない」

「私に予王の時と同じ過ちを犯されたいのですか?」

「違う」

「違うといった口で、同じような事をなさる。私は・・・あなたの全てを受けとめます。私にはお隠しになさいますな」

「景麒・・・それ以上言わないでくれ」

陽子は目頭が熱くなるのを感じた。

(もうそれ以上言うと制せない・・・だから、言うな)

「主上」

景麒の白い指はゆっくりと陽子に近づいていく。

ゆっくりと陽子に流れる涙を拭う。

陽子は景麒のほっそりとした指先を冷たく感じ、また心地よくも感じた。

陽子は涙を制しきれなかった。

ただ涙が伝う。

瞼を閉じる事もなく、ただじっと景麒を見た。

景麒はそっと陽子を包む。

「景麒」

「出過ぎた真似をしてすみません。・・・以前、泰麒はよくお泣きになった。その度私はこうやったものです。心臓の音を聞くと落ち着くとおっしゃってました」

陽子はくすりと笑う。

「そうだな。落ち着く」

ふっと景麒の瞳が和む。

「ありがとう。もう落ち着いた」

景麒は陽子を離すと露台に置かれた椅子を陽子に勧めた。

「情けないな」

涙を拭いながら陽子は言った。

「まだこんなにも弱い」

「そのために私がいます」

「そうだな。・・・景麒、今の慶をどう思う?」

「今の慶ですか。そうですね、妖魔も姿を完全に消したようですが、また慶は貧しい。まだ田畑が荒れている土地がありますし、治水工事も滞ってます」

「そうだな」

「主上、話をはぐらかしていませんか?」

「いや、そういうつもりは。・・・もう一つ聞く。予王はお前に恋着していたな。景麒、予王がお前以外の誰かを愛していたらどうする? まあ、王だから野合にはいることになるが、恋人くらいは作れるだろう。お前はどうする? どう思う?」

陽子の意外な言葉に景麒は首をかしげた。そして言う。

「恐らく、予王が幸せで、慶の民が幸せながら、それでいいと思います」

「そうか」

「ですが・・・寂しいですね」

「寂しいのか?」

「はい、麒麟は無条件で王を慕っています。どんな王であっても。その王の傍らに自分以外の誰かがいるということは少し寂しいと感じるのではないでしょうか」

「そういうものか」

「それが何か?」

陽子は、そうかと呟き、笑った。

「主上?」

景麒はただ、笑っている陽子を見た。







玄英宮の一室で尚隆は暗闇の中、声だけを伝える青鳥の声に酔いしれた後余韻を楽しんでいた。

「尚隆? ここか?」

「六太か」

「陽子からだったんだろ? なんて?」

「陽子は景麒が寂しがるから、俺との仲を考えさせてくれだと」

「はは、振られてやんの。で、お前どうする? お前諦め悪いからな」

「さあな、自分に向かない女を口説くのも、面白いかもな」

この言葉に六太はしかめっ面を見せた。

「お前、本当に陽子のことが好きなのか?」

「好いているようには見えんか?」

「見えねえって」

「くくく、いつかは、俺だけを向かせるさ。時間はたんまりとあるんだ。気長に責めるさ」

六太は溜息を落とすと、まっすぐと南を向いた。

雁の南は慶。

静かな眠りに就いているはずの少女を思った。








エピソード



尭天の宿の一室で、陽子は己の気持ちを知った。

尚隆に抱き寄せられた瞬間、芽生えた気持ちを知った。

いつのまにか惹かされた存在。

自分の中で大きな存在になっていた。

「陽子」

切なげに言う言葉は胸の奥深くある部分を刺激する。

「陽子」

いつも余裕ある顔が一生懸命でいとしく感じる。

「陽子」

広い胸板に男を感じる。

尚隆、と言おうとして、はっと我にかえる。

「・・・はなしてください」

「離すなと聞こえる」

「お願いだから」

尚隆は仕方なく離す。

陽子は一息つくと尚隆を見据える。

じっと碧色の瞳で見つめられ思わず手が出そうになった。

「なぜ?」

「言ったろ。柑子の匂いに誘われたと」

「答えになっていない」

「気がついているだろう。そこから目を離すな」

「私は・・・王だ」

「知っている」

「あなたも王だ」

「そうだな」

「重大な責務を持っている」

「分かっているつもりだが?」

「私は、慶の民から目をそらして、他の方に向くことはできないんだ」

尚隆は陽子の鮮明に赤い髪を撫でる。

「分かっている」

「なら、なぜ?」

分からないのかと尚隆は苛立って来た。

撫でていた髪の一房を優しく少し引っ張る。

「本当に分からないのか?」

その言葉に陽子は黙る。

その様子をみて、尚隆は握っていたようこの髪を離すと、後ろを向いた。

「お前に時間をやろう。それまで、気持ちを整理してほしい」

陽子は、尚隆の言葉に遠慮を見せながら宿を出て行く。

静まり返った宿の一室で、溜息が起こった。

「賭けに勝ったと思ったんだがな」





【終り】





2003.05.18





うおーーv

やはり一筋縄ではいかないところが陽子様v

陽子の場合、自分の気持ちに気づいていたけど、その先に進むまでが大変ですよね!!


延王にとってはこれからが大変そう!!(ニヤリ

にぶちん陽子には、ちゃんとストレートに愛を囁かないとダメですよ!

なんだ異様に楽しい私(笑)




ツボは景麒vv あああんvv 私もこんな感じの景麒が好きです!!

「麒麟」として陽子のそばにある景麒。


そして、景麒をちゃんと大切に思う陽子。
ツボ〜v




阿雅茅真櫻さん、ステキな小説を本当にありがとうございました!!






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