範国ギャグ/りょく様





   
『嬌娘を暇にするな!』





夜空に星はなく、雲が厚く覆っていた。
星見、月見、下界探索…と、あらゆる楽しみを探し出す範国人たちにとっても、やはり雨が降るわけでも無い、この中途半端な天気は嫌われるものであった。
まだ昼間なら活動的だと喜ばれるかもしれない。
しかし、今は月も星も見事な輝きを見せる季節。
普段から精力的に働いていた官吏達は、小さなため息をつかずにはいられなかった。


「はぁ。…くもっているわ」
この国の麒麟である梨雪も、夜空を覆い隠す雲を見て、顔をしかめる。
こんな天気では、蠱蛻衫をつかった官吏驚愕≪ドッキリ≫作戦も、飯庁にいってお菓子をくすねてきて、それを見ながら月見…なんて事をしてもつまらない。
「私って、慈悲の麒麟だからなぁ…一生懸命働いている官吏達の偶の不都合を面白おかしくする訳には、いかないわよねぇ…」
きっと、官吏達は普段の時からそうしてくれと、切々と訴えたかったであろうが、この独白を聞いていたのは彼女だけであったので、無理であった。
ふと、心地よい気配を感じて後ろを振り返ると、彼女の主が面白そうに口を覆い隠していた。
「主上!」
麒麟の性だといわれても、好きなものは好きなのだ。藍滌の所に駆け寄ると嬉しそうに抱きつく。
「これこれ、うちの嬌娘はそこで何をしておる。また何か企んでいるのと違うかえ」
そんなことしていないわ、という口元が妙に歪んでいる。
彼に叱られると思ったのか、ちょっと機嫌が斜めだ。
外見年齢12・3歳の六太から「小姐ちゃん」と呼ばれるのだ。体のほうは、もう抱きかかえるには少々無理がある。しかし、そんな彼女を軽く持ち上げて、目線を少し梨雪の方が上の高さになるようにすると、藍滌は小さく笑った。
「曇り夜空が気にくわぬのなら、室内で楽しめばよい」
そういって、彼女を室内に招く。
「もう、本日の仕事はよろしいの?」
当然の質問を彼女がすると、藍滌が困ったように言う。
「この天気ではね、皆気が乗らないようなのだよ。ため息ばかりつきおるから、今日はこれまでと、切り上げさせたわ」
じゃぁ!っと輝く笑顔を向けられたら、嫌な顔などもう出来ない。
「今日の出来事を、私に教えてくりゃれ。嬌娘の話は、ほんに面白からね」


普段、あんなに官吏や某国主従を辟易させる麒麟とは思えないほど、彼女は主になついていた。
「女六太」と言い表されることのある彼女だが、その身振り手振りで話すさまは、可愛らしい。
(外見が)年頃の麒麟であるし、範国の台輔だ。
見事な縮緬に、薄絹を使った豪華な襦裙。刺繍にいたっては、愛らしい蝶と小花がちりばめられている。彼女の主は、その辺の所もちゃんと弁えており、服や髪型、飾り物を褒めながら話を聞く。
しかし、その内容とは…。

「この間取り寄せた冊子が本当に面白いんですのよ」
「ほう。どのような内容なのかえ?」
優しく頭を撫でつつ、先を促す。
「諸国漫遊をする、ある商店のボンボンのお話ですの」
『諸国漫遊するある商店のボンボン』
……どこかで聞いたことがあるような内容である。
「それでね、何時もぶらついて困っている店員達が、必死になって坊ちゃんをやりこめるのよ」
「ほう、それはそれは、是非とも読んでみたいね」
「うふふ。私もそう思いましてね、こちらに持ってきてあるのですよ」
そういうと、ひょいと藍滌の膝の上から飛び降り、卓の上から冊子を持ってくる。

『炎上大回転』

という、なんとも奇妙な本の表題に、ぴくりと方眉を跳ねる藍滌。
分かるものなら、気づくはず。
『炎上大回転』=『雁の主上が七転八転《しちてんはちころ》がりっぱなし』ということに。
どうやら、噂話を書き留めたものなのだが、この主従の目に入ったのがいけなかった。
「ほう…これは、退屈しないで済みそうだねえ」
「そうでしょう?あとで官吏達にも見せてあげようと思うの。日ごろの疲れを、これを読んで流してもらいたいわ」
範の官吏達は、雁に対して、「美を理解しない大雑把野郎」という気持ちを持ち合わせているものが、実は多いい。年数を無駄に積み重ねてあるだけだという、捻くれた大国に対する意識からのものだ。そのような本を読ませたら、喜ぶに決まっている。

「うふふふふ」
「ほほほほほ」

妙に嫌な気配を漂わせる笑みに、夜空は更に曇るのであった。
その後、この二人がどの様なことをしでかそうとしたかは、あえて言わない。
ただ、梨雪を暇にしてはいけないのだと、お茶を届けに来た女官は察した。





めでたし、めでたくもなし。
“And that's all?”《それでおしまい?





2004.07.02





りょくさんのサイトの日記でリクエスト権をゲット! 
りょくさんのギャグ、冴えわたりますわ〜v

他の方がしたリクエスト小説もすごく素敵な作品で!!
恭国のシリアスギャグ話や雁国海軍ものなど、背筋がゾクゾクしちゃいましたヨ!






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