慶国シリアス／りょく様

　　　『永遠（とわ）ではなく一瞬（いま）を』

　主上を失い、また新たな主上を手に入れた今、此処に立ち寄る事は別段おかしいことではない。
ただ、他のものたちからしてみれば、此処は諸悪の根源といえる人物――舒覚が眠る冢墓であるから、近づきたくない場所であろう。
　だからと言って、先代の王の冢墓を荒らしたままにして良い理由は無く、時々仕方が無さそうに奄奚たちが掃除しているようである。そこが、他の王の冢墓にかけられる熱意の差であろう。

　今、先代の主の冢墓を前に、嘗ての半身――景麒は、何者にも邪魔されず、ただ佇んでいた。
　―――あの方を、王と感じたことは、間違いではない
　それは、何度も自分と民草たちに言い聞かせてきたことだった。ただ、その後に続く独白は、現在の主上である陽子しか知らないことだった。
「また、王として玉座に座らせては成らない方だとは、同時に思ったのです」
　聞くもののいない筈のその独白は、しかし、背後から聞えてきた物音によって遮られた。
　驚いた景麒が振り向くのと、茂みからごそごそと這い出してきた蘭桂の小さな頭が見えたのは殆ど同時だった。

「―――一体、何をしているのです」
　常に感情を表さない顔でその言葉を言われると、酷く厳しいことを言われた気になるのだが、蘭桂はその様なことを気にもしないのか、笑顔でいった。
「……お昼…寝……？」
　疑問形となった言葉に、景麒は「何故、問いに問いで答えるのです」とは聞かず、中々抜け出せない茂みの中から蘭桂を救出してやった。
　助けて貰った礼を、小さな声だがはっきりといった彼は、あたりをきょろきょろと見やって、はてなと小首を傾げた。どうやら、どうやって自分がこの場所に来てしまったのかを覚えていないようである。だから、
「台輔、ここは何処ですか？」
と尋ねてしまっても、致し方のないことだった。

　はぁ、と溜息をついた景麒は、少し笑みを浮べているようだった。　

◆◇◆

　にこにこと笑いながら景麒に近づいた蘭桂は、景麒の前にある廃墟に近い建物――まだ建ってから数年しか経っていないのに、すでに廃れていたのである――が気になった。おそらく、この建物がこの場所が何処であるかを知る為の手掛りになるのだろうと、無邪気に尋ねてしまった。
「これは何ですか？」
　その瞬間、困ったようで、とても寂しい表情になったのを、蘭桂は常に「無表情」と称される景麒の顔から読み取ってしまった。
　「あ……っ」
　何かいけない事を言ってしまったらしい事を理解した蘭桂は、ただ言葉につまって如何しようと下を向く。己の短慮を嘲笑うかのように、足元にいる蟻たちが蘭桂の履の上を通り道にしていた。
　しばらく経ったのだろうか。固まって何もいえない蘭桂に業を煮やしたのか、呆れたのか。景麒は小さな蘭桂の目線に合う様しゃがみ込み、しっかり顔をお上げなさいといった。
　目線をそっと上にやると、景麒は蘭桂の予想に反して、柔らかい顔をしていた。

「これは、私の前の主の廟なのです」
　寂しげに言った景麒の答えに、はっと小さな息を呑む声が隣からする。
　想像しなくても分る。自分（たみ）たちを散々苦しめた予王の廟だと気がついて、嫌な場所に来てしまったと思ったのだろう。
　しかし、蘭桂は悲しそうに景麒の袖を引っ張った。
「どうして、冢墓をこんなに荒れたままにするの？」
　他の者が聞いたなら、「何で、あんな王の冢墓の手入れに精をださなきゃいけないんだ」と開き直られるだろう問いを、蘭桂は真剣な顔で景麒に尋ねる。
「お姉ちゃんが言ってたよ。どんな事があれ、死者を“ぼうとく”するのは自分を“おとしめる”ことに繋がるって」
　よく言葉の意味を分かっていないのだろう、言葉の幾つかが棒読みになっている。しかし、その言葉は、景麒が民草から聞いた初めて舒覚を否定しない言葉だった。否、実際は舒覚を否定しなかったのではなく、公平な「普通のこと」を言ったに過ぎないのだろう。
　しかし、その「普通のこと」を当て嵌められたことの無かった舒覚にとっては、最大限の慰めの言葉になるのではないかと景麒は思った。
　だから、景麒はこの少年にすこし甘えたくなった。彼が、何時かこの冢墓に眠る人物がどんな事をしたのかを理解し、此処に近寄らなくなるまでの間だけの約束をしたくなった。
「蘭桂、あなたに、ここを綺麗にすることをお願いできますか」
「僕が、このお墓を綺麗にするの？」
「私も、期を見てお参りにやってきますが、中々時間が作れないのです。ですから、代りに……」
「うん……じゃなくて、はい」
　台輔から、お仕事を貰ったと解釈した蘭桂は、ちゃんと礼は出来るんだと主張したいのか、遠甫仕込のすっきりとした拱手をした。
　そして、次の言葉で、景麒の度肝を抜くことになる。

「台輔を、僕達に残してくれた方ですものね。どんなお花をお供えすれば良いんでしょうか？」
　驚愕の為に口を覆う景麒など早々見れるものではない。
　蘭桂は、その“僥倖”に見えたのだ。しかし、全くそれに気がついていない蘭桂は、答えをただ待つばかり。
―――この少年は、全てを知っていて尚、この廟を綺麗にしようと考えるのか?!
　景麒は、現在の主である陽子が、中々彼を傍から放さない理由を、やっと気がついた。この聡明な少年は、全てを見据えて尚、澱むことなく陽子に安らぎを与えているのだろう。きっと、他の者たちもそれに気がついているから、何かとこの少年に構いたがるのだろう。
　自分が、酷く勿体無い時間をすごしていた気になった景麒だったが、直ぐに気を取り直すと蘭桂にお願いをする。
「豪奢な華よりも、野に咲くものが良いでしょう。あの方は、ささやかな幸せを願った方ですから」
　意味はちゃんと伝わっただろうか。景麒は、自分を見つめる瞳に了承したことを見つけると、彼の頭をぎこちない手で撫でた。

「そろそろ、戻らなくてもいいのですか」
　景麒の言葉に、はっと息をのんで、「いけない！陽子と一緒にお茶を飲む約束をしていたんだ！」と慌てて駆け出す。が、はたと後ろを振り向き、困ったようにまた景麒に近づいてきた。
「台輔……あの……ここって、どうやったら路寝に戻れるのでしょうか？」
　最初から、彼は此処が宮殿のこの位置にあるのかを理解していなかった。聡明なようでいて、どこか抜けている少年を愛らしく思ったのか、景麒は右手を蘭桂に差し出す。
　え？っと戸惑う蘭桂をよそに、確りと少年の左手を握り締めると、自ら先導を勤めた。

　少しずつ変わっていく周囲に、一人取り残されていた様な気がしていた景麒だったが、確かに自分も前とは違っていることに気がつく。
　以前では考えられない行動を取ることに、内心女怪や使令たちも驚いているのだろう。しかし、少しずつ変わっていく事を、嫌なことだとは思わなかった。
　
　永き時を求めるとはいえ、最初から完璧なものなどありえない。

　少しずつ、ちょっとずつ。

　この一瞬を、大切にしたいと、景麒はつよく強く思った。

　了

2005.05.11

サイト一周年記念で配布されていたもの。

景麒と予王ってだけで萌えるのに、さらに桂桂まで出てきてどうしようかと！！
りょくさんの小説ってどうしようもなく心臓を射抜かれます。特にシリアス。
感動に打ち震えますわ～ｖｖ　大好きーーーー！！！！

景麒と桂桂が手をつなぐ！！

涙が出るほど好きな光景です。見るだけで、想像するだけで幸せになる私がいます。

しかもこんなに心を打つ小説。ああんｖ　読めてよかった～！　
りょくさん、本当にありがとうございましたーーｖ

景麒と桂桂の組み合わせが実は一番好きだったりします。
景麒と浩瀚も良い。

みんなで景麒を大切にしてあげるといいよ！！
景麒ってすごく弱い人だから、みんながそれに気づいて、見守ってあげるといい。