慶国シリアス／りょく様

　金波宮の女王の養い子は、身体に傷がある――。
　何時からか、その類の話が少年の身の回りを騒がせるようになった。
　当たり前だ。それは、慶東国国主の恩人に与えられた偉大なる勲章であるのだから。
　しかし、月日が経つとともに忘れられた事実は、真実を歪ませた。

　少年の脇腹には、大きな刺し傷がある。

　それは、この国の脆さを贖う為の、代償であったのに―――。

　　　『いつか桂枝を折る為に』

「最近、蘭桂の元気がない……ですか？」
　本日の執務はこれで終了だと、王から頂いた決済の書類を持ち帰ろうとして、景麒は意外な言葉を聞いた。
　あの「天然癒し系」と名高い蘭桂の元気がない？貴女様が何か余計な事をしたんでしょう。という言外に醸し出す景麒の圧力に、陽子は覇気無く「……その辺は、私が何かしたんだとしか思えないが……」何が理由か分らないと言いたいらしい。
　しばらく考えていた景麒は、主を見やると、彼女を怒らせる一言を言った。

「どうして、その理由を私に聞かれるのです？直接蘭桂から聞いてみれば宜しいではありませんか」

　その後、むっきゃーと怒り狂った陽子の弁を解説するなら、「どうして、鉄面皮のお前と仲が良いか分らないけど、桂桂とお前は仲が良いんだろうーーー！人間には聞けないことってものがあるんだよ、麒麟ーー！！」との事である。最後の余計な一言は、しかし、景麒に伝わったのか「ふんっ」とあしらわれてしまう。更に怒りを募らせていた陽子は、お気に入りに湯呑を床に落としてしまい、悲哀に変わってしまった。

主上の堂室から出てしばらく回廊を歩いていた景麒は、しかし考えを巡らせると、自室とは反対方向へ足を運んだ。

**************

　太師邸の庭院の一角に、桂の樹がある。
　まるで、自身の半身の存在を知っているかのように蘭桂はその場で丸くなっており、初夏の先駆けとはいえ薄寒い闇に身を潜めていた。
　春先だったら、見事な赤い花を咲かせるのだろう。ここ、赤き髪の女王が納める金波宮で、その養い子としての証であるなら、実に的に当たっている。
　「月の花」の異名をもつ桂の樹の下、月光に照らされて丸くなっている少年は、どうやら泣いているようだった。
　かさっ――。
　景麒が芝を踏む音が闇に響く。
　びくりと驚いた蘭桂は、しかし、そこに月そのもの景麒の姿を見つけると、如何しようかと、わたわたと、身を隠す場所を探す。
　しかし、景麒はそんな蘭桂を物ともせず彼に近づき――そして、蘭桂の目の前の茂みでしゃがんでしまった。
「た、た、たたた…台輔！」
　幼い少年と言っても、１０は数える。この世の仕組みを理解している彼は、景麒がこんな所にいて良い人物でも、こんな所に一緒にしゃがみ込んでも良い人物だとは考えていなかった。
　如何しようと恐慌状態に陥る彼に、景麒は手を差し出して、能面といわれる顔を少しだけ緩めて、言った。
「こんな所で寝ていては、風邪を引きますよ。……そんなところまで、主上の真似をしなくても良いでしょう」
　とって付けられた最後の言葉は、しかし、うろたえていた少年の強張った心を溶かすのには丁度良かった。

　太師邸の庭院になら、それなりの見事な四阿がある。
　そちらに場所を移して、景麒はこんな時間まで、庭院の片隅に蹲って泣いていた少年の話を聞こうとしていた。だが、実際は彼をせっつくのではなく、彼が話しかけるのをずっと待っていた。
「あのね…、陽子がね、僕の傷を見て、顔を顰めるの。“醜い”と思っているのかしら」
「顔を…顰めるのですか？」
　こくんと頷く蘭桂は、ぽろぽろと涙を零している。
「王様のお傍近くにいるんだから、こんなに“穢い身体”は困ると…」
「蘭桂、貴方がそう思うのですか？」
「え？」
「………誰かに、“言われた”のではありませんか？」
　びくっと身体を震わせる蘭桂をみて、然もあらんと、誰がこの少年の心を傷付けているのか一人二人と見当をつける。
「良いですか、蘭桂。その認識は、貴方のためにも、主上のためにも改めなさい」
「違うの……ですか？」
　溢れる涙を必死で止めようとする少年の涙を、そっと手で拭ってやると、景麒は月光に負けないくらいの柔らかい微笑みを蘭桂に与えた。

　少年の疑問を解く為に、景麒は自分の心の奥底を覗いてみる。
　恐らく、主上が感じているこの少年に対する『負い目』は、自分が抱えているものと同じのはずだ。
　自分の不甲斐なさも思い出させるそれを打ち明けるのは、実は酷く辛いことだ。しかし、謂れのない言葉に傷つき、正しくない認識を少年に抱かせ続けるのは、景麒の望むところではなかった。

　だから、言わねばならない。その間違いを正す為に。だが、それは自分を曝け出すことだから、とても怖い。

　景麒は、心を解きほぐす為に、頭上に輝く月を見る。
　その輝きを見て、そしてその輝きを信じて、決意を固める。
　月に咲く花の名前を持つ少年が、いつか主の目前で跪き、支える枝となる日の為に。

　景麒は、そっと心を吐露した――。

《了》

2005.06.22

一周年記念で「桂桂の傷の話」をリクエストしましたｖ　
相変わらず良いセンスの題名をお付けになられる。はふーｖ　

あとがきで≪全然核心に迫っていませんし、思わせぶりですね≫とりょくさんがおっしゃるのですが。

ええ、本当に！！(笑)

しかも
≪実は、この前に彼の傷が曝け出される、「ドキ☆美少女だらけの水着金波宮水泳大会」のパートがあったんですが、余りに内容にそぐわなかったので削除しました。
この後、景麒が桂桂の間違いを正すシーンも、想像してもらったほうが良いだろうと思いっきり削除しました。≫
と……。

するなと思いました(笑)　うわあああん！！　なんで削除するんじゃー！　

これはなんですか、私に、裸の蘭桂を見て「きゃー！！」と叫ぶ女官・女御たちを想像しろと？

「あの傷がたまらなく素敵～ｖ」などと、すでに脳内でさえずりまくっているんですけど！！！

おいおい、待て待て。きゃーｖ　じゃない、落ち着け、桂桂はまだ子供だぞ！！　
「それが良いのよ～ｖ」などと言ったりする女官。

まるで女性に飢えている玄英宮の女官がごとく、かわいい少年に飢える金波宮の女官……ガク。

彼女たちは知っているのですよ、桂桂が太子扱いであり、やがて優秀な官吏になるであろうことを！！　
つまり、先物買い！？　

でも、それを勝手に誤解して凹む桂桂。この！！　かわいいやつめ！　はやく誤解を解くのだ景麒っ！！

桂桂の傷に手をかざして間違いを諭す景麒が想像できてしまうのですがっ！！　わあわあ。
景麒エロい子！！　←？　

どうしてくれる！！（どうもしません

素敵な妄想（お花畑なのは私の頭）をありがとうございました～ｖ　
つか、りょくさんの素敵なシリアスが私の妄想で台無し！　ああ……(泣)　

景麒と桂桂の組み合わせって、本当にいいですよねｖ　
何度読んでも頬がにやけますｖ　大好き～！！　大好き～！！！　たまりませんっ！！

つか、まっさきに「むっきゃー」と怒る陽子のあまりのかわいさに悶えました。
むっきゃーって陽子さん！！　なんてかわいい怒り方をするんですか！！　

あなたにどこまでもついていきたい……！！