浩瀚×陽子／RUNA様

　　　『節目７』

　浩瀚は陽子に宣言したとおり、さらに距離を置くようになった。
　陽子自身もあの事件のあとすぐ、休暇を早く切り上げ政務を行うようになったので、互いに忙しくなり、顔を会わせても政治の話ばかりであった。そしてそうなると、二人きりになるということなどほとんどあるはずがなかった。

　だが、陽子は浩瀚の言葉が忘れられずにいた。

『あなたにとって私はただの臣でしかないのでしょうか？』

　陽子はあれから頻繁にその言葉を思い出しては、考えていた。そして、浩瀚と距離を置くようになり、やっと陽子の中でも答えが出た。

『浩瀚はただの臣ではない』

　陽子は、浩瀚と距離を置くことがどういうことかその場で想像できなかった自分を後になってひどく後悔した。政務を始めて忙しくなり顔を会わせる機会が減った上に、意識的に距離を置かれた陽子は、胸を締め付けられるような感覚に襲われることが多くなっていた。
　以前のように、他愛のない話をして笑いあいたい。あのやさしい眼差しで見つめられたい。楽しかった日々を思い出すと、必然として今の状況がとても悩ましい。思い悩む陽子は、日に日にやつれていった。

　そんな陽子を近くで見ていた鈴と祥瓊は、陽子がいたたまれなかった。日に日に気力を落としていく陽子を見続けるのは、周りの者にとって苦痛でしかなかった。
　あの日冢宰府であったことは今や金波宮にいる者すべてが知ることである。しかし、そのとき主上を部屋まで送り届けたのが浩瀚であるということは一部のものしか知らなかった。そのうえ、道すがら二人の間に何かあったのではないか気づいたものは、鈴や祥瓊などの数名の女たちだけであった。

　二人は浩瀚が内宮に来るときを見計らい、陽子のことを告げた。曰く、

「陽子に何をしたの？　あの子は毎日のように浩瀚さまのことを思って、日に日にやつれていってるのよ。陽子のあんな姿、私たちはもう見たくありません。何とかできるのは浩瀚さまだけなんですよ」

　それを聞いた浩瀚は慌てて陽子のところに行った。
　久しぶりにゆっくりと見る陽子は確かにやつれていて、その変化に気づけなかった自分を呪った。
　陽子は浩瀚の姿を見止めると、瞬間驚いたようではあったが、うれしそうに微笑んだ。それを見ると浩瀚も自然と微笑んでいた。
「鈴と祥瓊に怒られてしまいました」
「どうして？」
「私のせいで、貴女がそんなにやつれてしまわれたから」
　陽子はその言葉に目を見開いた。すると大粒の涙が湧き出してきた。
「これは浩瀚のせいなんかじゃない。私が馬鹿だったんだ。言葉の意味をちゃんと理解できない馬鹿な私が悪いんだ」
「主上は悪くなどありませんよ。私が子供じみた態度などとらなければよかったのです」
　椅子に腰掛けている陽子と同じ高さで向き合うために、浩瀚は陽子の前でひざをついた。
「浩瀚に会えないと思うととてもつらかったんだ。浩瀚のことを思い出すと胸が苦しかった。私は距離を置くということの意味をわかっていなかったんだ」
「貴女につらい思いをさせるつもりなどなかったのですよ。むしろその逆であると思ったのですが。不甲斐ない私をお許しくださいますか？」
「私のほうこそ許して欲しい。あの時、ちゃんと答えを返せなかったことを後になってひどく後悔した。だけど、やっと答えを見つけることができた」
　陽子は答えを見つけたと言い、涙で潤んではいるが陽子らしい強い視線で浩瀚を見つめた。
　ここまで陽子に言わせてしまったからには、残された道は覚悟を決めて、最後の審判を受けることだけだ。自分の想いはもう全部伝えているのだから。

「では主上、改めて返事をいただけますか？」

『私は貴女にとってただの臣なのですか？』

　了

2006.09.12

……RUNAさんのコメント……

去年の九月に書き始めて終わりまでに一年かかってしまいました。
長い間お付き合い下さりありがとうございました。

祝・完結……！！！

ふああ……！！！　鈍感娘が自覚したー！

でも、実際自分から距離を置くと言って黙々と仕事をこなしつつ、一番動揺していたのは浩瀚だったにちがいない！

つか、陽子よりも浩瀚のほうがやつれていたんじゃないかと！！！（笑）

陽子のことを祥瓊たちが心配するのと同じベクトルで
冢宰府の官吏たちも浩瀚を見ていられない状態だったのではないかと思うのです。

RUNAさん、連載お疲れ様でした……！！　長編を読めて本当に幸せでしたｖ　