慶国シリアス／りょく様

　　　『Sonnenblume』

　王の住まう宮殿は、雲上の城。
　四季の移ろいも雲下ほどはっきりしたものではなく、それ故「季節感」を得る事は難しい。したがって、それぞれの四季に応じた“呪”が施された庭院が、王に四季の変化――折々の花々での楽しみを覚えさせるのである。
　その国最高位の者が王であるから、勿論常に同じ季節の――常春、常夏の庭院を“呪”で確定させる事はできる。しかし、僅かではあるが連動する雲下の季節と同じ庭院の花々は、やはり活き活きとして美しい。
　そんな折々の季節の花を摘み取って、王の執務室に飾るのは、専ら少年――王の養い子である蘭桂の仕事の一つであった。奄と同じ待遇の少年ではあるが、そこは特別。他の奄とは違い、王のいる正寝、台輔の仁重殿まで出入りが許される少年は、それだけ宮殿の事を隅々まで知っていた。
　今の陽子にぴったりの花を手に入れることなど、容易であった。

*　*　*　*

「眩しいっ！」
　燦々と照らす太陽の光に、目が眩む。梅雨の季節をやり過ごし、初夏へと突入した太陽は、容赦なく蘭桂に光を浴びせる。
　それでも、じめじめした季節が終了した事が嬉しくて、蘭桂は少し早いが【夏の庭院】へ行って見ようと思った。
　今日なら、きっとあの花が咲いているだろう、と思って。

　蘭桂が【夏の庭院】と呼んでいるその庭院は、金波宮の内宮仁重殿の一角にある。麒麟である景麒が散策をする庭院のはずだが、実際はかなりの広さを持つそこは、庭院を囲む壁が蔦で覆われてしまい、中に入る扉すら隠してしまっている。長い時間をかけて封鎖されたその庭院は、恐らく景麒すら、その前の代の麒麟すら知らないのではないかと思われるほど、重厚でいて安穏とした雰囲気があった。
　その【夏の庭院】には、「夏」にぴったりの花が咲いており、その群生している様は圧巻である。本当は、此処に陽子や皆を連れてきて上げたい所なのだが、今の慶東国にそれをしている暇が無いのは、少年の蘭桂にも明らかだった。

　仁重殿へと歩む足は浮き足立っていて、見る者の心も明るくさせる。
　口々に挨拶を振りまく蘭桂に、最初は臆面もなく「あんな何処の馬の骨とも分からない小童が」と言っていた官吏、女官たちも、最近は会釈や見なかったことにする……など、態度を軟化させてきている。
　勿論、最初から蘭桂に対して普通の「奚の子供」として接してきた者たちは、喜んで挨拶をして、金波宮を華やかにさせる少年から元気を分けてもらっていた。

「今年最初の一輪を、陽子の執務室に飾ろう！」
　たったかと軽やかに進むその足は音楽を奏でている様で、何者にも邪魔させる事は出来ぬと思われた。
「……蘭桂？」
　蘭桂の歩みを止めたのは、煌びやかな「氷の貴公子」こと、台輔の景麒である。
　常世の文字が読めない陽子が逃げ出そうとするのとは違い、勤勉で真面目、慈悲の塊の麒麟である景麒には、ちょうど今時分は午睡が許される頃である。
　しかし、陽子に言わせると「休憩の取り方も分からないヤツ」となる景麒は、ただ唯散歩を楽しむぐらいである。まさに暇を持て余していた景麒には、「友達」と認識している蘭桂は渡りに船であったのだ。
「どちらに向かう所なのですか、蘭桂」
　大好きな台輔に声をかけられ、遠甫仕込のすっきりとした拱手をした笑顔の蘭桂は、はきはきと答えた。
「陽子の執務室に飾る、花を摘みに参る所です」
「主上の執務室に飾る、花……ですか？」
　こんな仁重殿に、花の名所と呼ばれる様な庭院があっただろうか、と記憶を探る景麒に、蘭桂はお教えしようかしまいかとドキドキした。ふと目線を上げると、景麒と目が合った。
「蘭桂、宜しかったら、私にその花が咲いている庭院を教えてくれまいか？」
「勿論です！台輔が見たら、きっと吃驚しますよ。凄く、とっても綺麗なんです！」
　うふふ、と笑う蘭桂に、「この笑顔が見れるなら何でも良いのですがねぇ……」という思いが浮かんだことを露とも見せずに、景麒は蘭桂に手を差し出した。

*　*　*　*　

　景麒の目の前には、橙と黄色の縞模様が広がっていた。
　目いっぱい太陽に向かって咲き誇る大輪のその花は、南の国の代名詞とも言われる花である。
　雁ほど寒い国ではないとは言え、この国にこれだけ見事に群生している場所があるとは全く想像もしなかった。しかも、自分のお膝元とも言える仁重殿の庭院の一つに、である。
　呆気に取られてその花を見つめる景麒の姿に、気を良くした蘭桂は「凄いでしょう！？凄く綺麗ですよね！」と景麒の度肝を抜くのに成功したことで浮かれている。
「蘭桂……これは、“主上の花”ですね。太陽を目いっぱい浴びて咲くこの花は、当に太陽そのものである“主上の花”でしょう。本当に……」
　美しい、と続く言葉を飲み込むほど、景麒は感激していた。
　しかし、感嘆する景麒の言葉を隣で聴いていた蘭桂は、「違いますよ。違いますよ台輔」と彼の言葉を否定する。
　景麒が「何が違うのか」と蘭桂を振り返ると、彼は思いもしない言葉を紡いだ。

「あの花は、太陽――すべての源である光の王たる太陽を、何時も見つめる花なんです。太陽が東にあれば東を見て、北にあれば北を見る。日がな一日太陽を追いかける花なんです。勿論、それは他の花々にも当て嵌まることなんですけど、特にこの花はそれが“けんちょ”なんだと聞きました。だから、太陽――“主上の花”と言うよりは、いつも主上を見つめる“台輔の花”じゃないかしら。陽子が大好きな、台輔や僕達の花の気がします」
「この花が……私……？」
　そんなことは初めて聞いたという顔を、隠そうともしない景麒の顔は、まるで子供のそれだ。
「はい、この花が僕たちだから、陽子の執務室に飾ろうと思ったんです。何時も陽子が大好きだよって。どんなときも陽子の側にいるからねって」
　ちょっと言いすぎかな、と頬を染める蘭桂に、景麒は擦れた声で何かを言った。
　何ですか？と疑問を景麒に向けた蘭桂が目にしたのは、今までで一番綺麗な麒麟の姿だった。

「是非とも、私もこの花の洋に主上に尊敬の念を向け続けたいですね……」

　太陽の花を見つめる景麒は、群生する花々にも負けない赫耀とした笑顔をしていた。

　その後、初夏になると毎年陽子の執務室に、その年初めての太陽の花が飾られる事となる。
　常なら、蘭桂が活けるのだが、その花だけは台輔自らの手で活けられたという。
　陽子も大好きなその花は、確かに蓬莱でも見られたものである。
　常に太陽を追いかけ、その陽光を浴び続ける花。
　その花の名は――向日葵《Sonnenblume》。

　貪欲なまでに太陽を――主を見つめ続ける花である。

《了》

2006.05.22

2周年記念に「蘭桂と景麒」というリクエストをしていただきました！！

私、りょくさんの景麒と桂桂が好きすぎ(笑)　

「台輔の仁重殿まで出入りが許される桂桂」という設定でニヤけ、
仁重殿の秘密の花園という素敵設定に悶え、
桂桂のあまりのかわいさにもへもへしているところでついに登場――

「氷の貴公子」

景麒ーーーーーー！！！！！！！？

すみません、吹きました。

ああもう！！　最高！！　最高ッス……！！
しかもひまわりの設定が……！！（じたばた・悶）

陽子を大好きなこの二人が、本当に愛しい～！！！

景麒がひまわりを活けるっていうのもたまらない。

金髪のキリンが黄色い大輪を活ける。
すごい……！！
すごすぎる……！！
なに、その豪華な絵面は……！！
きっと活けながら笑みを浮かべてると思うよ！
絶対に笑みを浮かべているよ……！！

陽子のことを考えて！！

くううう～！！　たまらん！！！

何度読んでも悶える……！！

りょくさん、素敵な小説本当にありがとうございましたーーっ！！