延王×陽子／碧様

　キィン―――。
　刃の重なる音と共に緊迫した空気が流れていた。陽子は地面を蹴って、身軽なその身を跳躍させると再び剣を構えなおす。
　相手の男は余裕の笑みを浮かべながら、陽子の動きを目で追う。無造作に構えられた剣からは考えられない程、隙はなく十二国で一、二を争う剣豪と名の知れた腕であることが窺えた。
　陽子が動けずにいると、ふいに動いた男が陽子に近づき剣を叩き落す。容赦ない攻撃に、陽子は降参するように両手をあげると、息を整えながら言う。
「まいり、ました。延王」

　　　『その背に。』

　手合わせをするようになってから何年がたつのだろうか。多い時は毎月のように、忙しい時は何ヶ月も開くこともしばしばあって、大抵の理由が陽子の側にあった。
　酒の席で冗談で「手合わせをして欲しい」と言ったところ、面白そうに笑いながら延王は了解したのが始まりだ。
　剣の修行、と言えば聞こえはいいが、延王相手では遠く及ばず、不定期すぎる為、意味をなさない。むしろ、普段の成果を見てもらっている状態であった。
　かつては生きるため、やむを得なく手にした剣であったが、今では仕事の合間をぬってする運動に一役かっている。人の命を奪う道具であるし、この剣で何人もの命を奪ったことは忘れてはいないが、剣技を磨くことで人を守れたり、守られる事で誰かが代わりに傷つくことはない――。
　この事を延王に言うと豪快に笑う。
「そこまで深く思い悩む事はあるまい」
　言われて、少しふっきれたのか、今では楽しむ余裕が出来ていた。桓たいなどは『迷いのない真っ直ぐな剣』と称してくれるし、延王も『上達した』と言ってはくれるが、延王はもちろんのこと、慶の禁軍将軍の桓たいにもまだまだ遠く及ばないと陽子は考えていた。
　一方で、延王の方では陽子の上達ぶりに感嘆していた。職務があるから時間などあまり取れないだろうが、常に修行しているような兵士より勘が鋭く、素早くしなやかな身のこなしに翻弄されそうになる。おそらく、陽子の持つ才能を十分に発揮できるような、師となって教える人物がいるのだろう。あえて誰とは訊いていなかったが、剣筋も以前のものとは微妙に変化していた。
　一本とられる事はまだ無かったが、回数を重ねるごとに剣をつき合せている時間は長くなり、最近は軽く汗をかく程になっている。

「そこまで！」
　審判から言葉が発せられ、延王は落ちた剣を陽子に渡す。特に規則などはつくっていないが、放っておくといつまでも止めようとしない陽子を心配して、審判がつくようになっていた。
「ありが、とう、ございました」
　身の軽さを武器にしている為、運動量が多く陽子が息をはずませながら言うと、延王は破顔する。
「なんの。それより陽子、腕をあげたな」
　自分にお世辞を言う必要はないだろうと、陽子は言葉を素直に喜んで微笑み、額の汗を拭き取る。
　延王は上半身を脱ぐと、差し出された冷たい水を頭からかぶる。陽子はその後ろ姿に見入る。体格がいいのは承知していたが、日に焼けた肌は更に強くたくましく見える。それは同時に、彼の背負うものの大きさと、守り抜こうとする意思の強さである気がした。
　思わず、陽子はその背中に触れる。
「抱きつきたいなら遠慮しなくていいぞ。周囲なんか気にせずに」
　笑い含みの声で、陽子は、はっと我に返り真っ赤になる。見せるための手合わせではないから、多くの人物がいるわけではないが、皆なんともいえない気まずそうな表情で視線を逸らしている。
「えっ、いや、そういう訳じゃなく」
　何も言わずに背中に触れたのは事実なので、慌てた陽子がしどろもどろになるのを、延王はクックッと笑いながら「続きは夜にでも」と囁き、陽子は口をぱくぱくとさせるだけだった。

「別に閨でもよかったんだが…」
　ぶつぶつと文句を言いながら酒をあおる。二人は食後の酒を飲んでいたが、陽子の私室ではなく掌客殿の方であった。延王は客人扱いに少々不満を覚えながらも、警戒されたのは昼間の発言を大僕あたりに聞こえたからではないかと推測していた。
　とは言え、陽子相手に酒を飲んでいるのは気分がよかった。
　やがて、延王が人払いを言うと、陽子は頷き女官らに部屋を出て行くよう合図する。それを目の端で確認しながら、延王は雲海を見下ろせる場所まで移動すると、欄干に手をつき外を眺めながら訊いた。
「なあ、陽子。昼間は何を考えていた？」
「昼間…ですか？」
　何を差すのかわからない様子で陽子は延王の後方から聞き返す。
「陽子らしからぬ行動をとったとき――具体的に言わせて貰えば、俺の背中に―――」
「あ、ああ、あの時の！」
　延王の言葉を遮る様に陽子は声を大きくする。失礼な行為にも、軽く振り返った延王はくすりと笑うだけだ。
「何を―――思った」
　深い声で聞かれ、陽子はふざけ半分で訊いてきているのではないと感じる。
「大きな背中だと思いまして」
　延王は静かに続きを促す。
「雁という国を、民を背負い続けている大きな背中だと」
　納得したように、延王は頷く。
「陽子もそんな風になりたいと思ったか」
「ええ」
　首を縦に振る陽子を見やり、延王は欄干に酒器を置くと、彼女の目の前に立つ。
「俺のようにでかかったら、随分大女だな」
　笑い含みの声に陽子は反論する。
「それは喩えであって―――」
　急に抱きしめられ言葉が止まった陽子の耳元で、「わかっておるわ」と告げる。
「え…えんお…」
　びっくりした陽子が本能的に離れようとするが、力が強く逃れられずにいると、延王が言葉を続ける。
「陽子の持つ全てを、俺は背負う事は出来ない―――が、陽子ひとりくらい背負う事は出来るぞ。だからもう少し肩の力を抜け」
　考えず、陽子全てを支えると言うのではない。背負う物の重さを知り、他人に預ける事の出来ない立場だからこその台詞に、陽子はゆっくりと息を吐き、その背中に手を回す。陽子の行為に延王は微笑する。
「真面目すぎるのも問題だな」
　陽子は顔をあげ、延王と視線を合わして言う。
「それも魅力のひとつでしょう？」
「言ってくれるわ」
　一本とられるような形に、延王は苦笑しながら陽子に顔を近づけると唇を重ねた。

　了

2006.11.30

碧さんのサイトの６周年記念でリクエストしました！！

ぷはー！　何度呼んでもドキドキするわ！！

二人の関係、空気、間、会話。

碧さんが書かれる小説ってキャラに崩れがないから、本当に原作を読んでいるみたいなドキドキ感……！
ああもう……！！　延王……ッ！！！　かっこいい……！！　
陽子もまた女王と少女と少年との場面差がたまらなくツボで。
延王ってばめちゃめちゃ陽子が好きなんだわ……！と読みながら照れ悶えちゃいますｖ

碧さん、素敵な延陽をありがとうございました～ｖ　

もっと延陽書いて！！　書いて……！！