延王×陽子
『新春』
「延王！ 今日はいらしてくださらないのかと思って……」
新年の宴。酔いを覚ましに一人で席をはずした陽子は、遅れてきた隣国の王を見つけて駆け寄った。
「国で何かあったのですか」
「いや」
男は笑う。
「かなり前から来ていた」
「は？ ……延王？」
「俺が来ると、どうしてもおまえを独占してしまうことになるからな。慶の者たちに悪い」
「……それで帰ろうとしたんですか？」
陽子は上目遣いに男を見上げる。しっかりと男の袖を握り締めて。チラ、と笑った。
「でも、こうしてやっぱり独占してしまうようですよ」
「ああ、そうだな」
男は目を細め、陽子の腰に手を伸ばし、軽く引き寄せると、反対側の手を頬に伸ばす。そっと包み込むように当てると、指で耳たぶを揺らす。
カシャリカシャリと耳飾りが鳴った。
「古いものだな」
「そうみたいです」
陽子は笑う。
「祥瓊は新しいものを買えというんですけど……」
もちろん、今あるもので十分だからと陽子は許可を与えない。
「……変ですか？」
「いや。とてもおまえに似合っていると思うが」
「……思うが？」
「どうせなら、俺が渡した香水もつけてもらえると嬉しいな」
「あ……」
陽子の頬が朱に染まる。
「あ……あの、その……」
「陽子？」
男は陽子の突然の変化に軽く目を開く。どうした、と首をかしげた。
「あれは気に入らなかったか」
「違うんです！」
陽子は首を左右に強く振る。
「すごく嬉しくて！！ それで……あの……」
「陽子？」
「あの……使い方が良く分からなくて……。すごくたくさん使っちゃって……」
「ん？」
陽子は困ったように視線を彷徨わせ、泣きそうな顔で男を見上げた。
「全部使っちゃったんです……」
「……」
「ご、ごめんなさい！ 祥瓊にすごく高い物だって聞いて……その、もっと大切に使わなくちゃいけない物なのに……」
「……かなり入っていたと思うが……」
「剣技の後とか、血の匂いを隠すときとか……けっこう頻繁に使っていたので……」
恐縮しまくっている陽子の姿に、男は軽い笑いを漏らした。
「それでは、別の匂いがすると思ったが……」
「え？ 今日は何もつけていませんが……」
「おまえの匂い、ということか」
「は？」
男は目を細め、軽く身をかがめた。陽子の頬に手を当てた反対側に顔を落とし、首筋に鼻を当てる。
「えぇえぇ、延王！？」
「静かに」
「……っ」
「花の匂いだな」
「……わかりません」
「ははは」
男は笑う。いったん顔を上げると、陽子の前髪をかき上げた。
「自分では分からんものだ」
目を細め、真っ直ぐに見上げてくる翠の瞳の奥を見つめる。陽子の頬が紅潮するのが分かり、男はくつくつと笑う。
「延王……！」
「すまぬ」
男は身を落とし、陽子の顎を軽く持ち上げて唇を重ねた。ついばむような軽い口付け。
「さて、俺は帰ろう。おまえの信者たちが呼んでるぞ」
「……独占してはくださらないのですか？」
「――」
「あ……」
俯いた陽子に、男は声を出さずに笑む。
「たまには、俺がいないとホッとさせても良かろう。たまには、慶の者たちに奉仕してやれ」
「奉仕……ですか？」
「ああ。おまえの笑みを、俺ではなく、慶の者たちに向ければいい。それだけでいいんだ」
「……それだけで？」
「それだけで」
男はもう一度身を落したが、今度は先ほど鼻を当てた喉元に唇を当てる。陽子が「あ」と思う間に、男は白い肌に唇を当てて軽く吸い上げた。
「え……んっ」
「だが、印は残しておこう」
せいぜい、ばれぬようにするのだな、と男は笑った。
「主上、どうかなさいましたか」
「え？」
景麒が眉をひそめて陽子を見ている。陽子のとなりにすわり、くつろいだ様子だ。
「先ほどから首をおさえていらっしゃいますが」
「あ――ああ……。うん。……風に……」
「風？」
景麒が不可解そうに眉をひそめる。
陽子は微苦笑を漏らすと、「なんでもない」と手元の果物を景麒に差し出した。
「これ。好きだろう？」
「ありがとう存じます」
「もっとたくさん食べてくれ」
にっこりと陽子は笑う。そんな景王と景麒の様子に、遠目で二人を見ていた官吏や武官たちは互いに顔を見合わせて、幸せそうに頷くのだった。
了
2002.01.11