「夜が明ける……」
　猛獣を褥に夜を過ごした少女は、明るくなっていく空に身を起こした。
　白皙の顔を縁取る髪は深紅。朝日が昇ればやがて朱金に輝くのだろう。目じりの化粧はそのまま残っている。鮮やかに、艶やかに咲く至高の花。
　透き通るような白い肌には汚れの一つなく――。
「虎嘯」
　少女の口が、獣の名を囁いた。幼いころに両親を失い、二代前の大僕の名をいただいた――半獣である男は、顔を上げ、養い親を見る。今ではすっかり外見年齢を追い越してしまったけれど。
　虎は長い尾を地面を叩くように揺らした。
「主上……寒くはありませんか」
「いや、大丈夫。暖かかったよ……ありがとう」
　少女はゆったりと笑い、もう一度、獣の腹に身を寄せる。それは、空気の寒さにもう一度布団にもぐりこむ仕草に似ていた。
「足は大丈夫か？」
　少女の囁きに、男は「諾」と答えた。

　――暖かかったのはあなただ。

　足の痛みを忘れるほど胸が熱い。
　彼女をずっと見ていたから――だから、足元をよく見ていなかったとは言えず。
　猟師の罠にかかって負傷した自分の血と、紅葉の赤に酔いそうになった。しかも、一面を覆う紅葉の山にいて、最も赤く輝いていたのが彼女だった。

　この場所に存在する唯一の花。
　そして――。
　己の中に咲く唯一の花でもあった。

「碧双珠を持っていればよかったな」
　少女が身を起こして、気遣うように足の傷に触れた。裾を裂いて巻いた包帯は血糊で赤く染まっているが、仙籍に入っている身、致命傷になるような傷でもない。二、三日も経てば痕が軽く残る程度の傷だ。
「痛くて、眠れなかったんじゃないか？」
　少女のつぶやきに「否」と答えた。実際は、少しも眠れなかったけれど、それは痛みのせいじゃない。
　獣は、静かに目を閉じた。
「とても……よい夢を見ました」

　とても長くて――そしてつかの間の夢を見た。

　少女が微笑む。
「そうか」
「はい」
「ああ――朝日が」
　んんん、と背伸びをして、気持ちよさそうに少女が笑う。
　獣は、眩しそうに目を細めた。
　そのとき、「――げ」という言葉が少女の口から漏れた。
「……げ？」
　獣が首をかしげる。主の視線を追えば、朝日の中に金色の光が輝き、近づいてくるのがわかった。
　少女が顔を引きつらせる。
「景麒が来た～！」
　よりにもよってあいつが、という物言いがおかしくて、虎嘯は静かに笑った。

　了