慶国異聞
『絵葉書』
「主上、泰台輔からいつもの便りが届きました」
慶国宰輔景麒自らの手で運ばれたそれは、一枚のハガキだった。
陽子は執務の手を休め、椅子にもたれて笑む。
「ありがとう。――景麒も見た？」
「いえ」
「見てもいいのに」
ハガキなのだから見ようと思えば簡単に見れるのだが、変なところで律儀な麒麟は首を横に振った。
「これは主上宛のもの。私が主上より先に見る無礼は許されません」
景麒はいつもと同じ反応で陽子にハガキを差し出した。
苦笑しつつハガキを受け取った陽子は、宛名に「慶東国堯天金波宮 中嶋陽子様」と律儀に書かれた文字に目を細めた。裏を返して――さらに微笑んだ。
「残暑お見舞いだ」
そこには蓬莱で絵を嗜んでいたという泰台輔の水彩画が描かれている。季節の節々に送られてくる泰麒からの絵手紙はもう何枚たまったのだろう。
「戴国も安定してきて、暑い夏になりそうだって書いてある」
ほら、とハガキを手渡され、そこに書かれた文字に景麒が目を走らせる。
大きく描かれた絵に、文章ともいえない短い蓬莱の文字。
景麒が目を細めた。
「綺麗な花の絵ですね」
「え」
陽子が瞬く。
「花？ 花火だろう？」
「……」
「……」
二人は顔を見合わせた。
回廊を渡ってくる冢宰を見つけた陽子が大きく手招く。
「浩瀚！！ こっちこっち！！」
「主上――？ 何事ですか」
文箱を手にした冢宰は、怪訝そうに陽子へと近づく。その目の前に、陽子はハガキを差し出した。
浩瀚は一目で戴国宰輔の作品だと気づく。
陽子がにっこりと笑った。
「これ、なんに見える？」
「……」
「花であろう」
「花火だよね！」
「……」
難しい顔をした冢宰は、ぼそりと「虫……？」と首をかしげた。
「……」
「……」
陽子は立ち上がった。その顔は満面の笑み。
「祥瓊ーー！！！ 鈴ーー！！！！」
戴国宰輔の絵手紙。
だが、密かに金波宮上層部の「解読」という娯楽になっていることを、送り主は知らない。
了
2002.08.19