浩瀚×陽子
『独占欲』
「浩瀚……」
私が浩瀚の腕に身体を寄せると、背後で女官が息を飲むのが分かった。
「主上？」
浩瀚の腕が私の背を支える。
「どうなさいました」
「疲れた……部屋まで付き合って」
衣擦れの音がして。
柱の影にいた女官が立ち去ったのが分かった。
私は、自分のしたことにかすかな罪悪感を覚える。
これはただの嫉妬であることを自分でもよく分かっている。
彼を誰にも渡したくない。
彼は私だけのものなのだと、そう思わせたいだけ。女官の一人が、浩瀚に特別な視線を向けていることに気づいてから、自分の中に沸きあがった感情。
女の独占欲というものは醜いなと、そう思いながら私は浩瀚の身体から顔を離した。
「大丈夫……すまん。一人で帰れる」
浩瀚の胸に手をやり、身体を離す。
「浩瀚？」
でも、浩瀚は私の身体を離さなかった。むしろ、引き寄せるようにして抱き寄せる。
私は浩瀚を見上げた。
「どうしたんだ？」
「あなたは……鈍感でいらっしゃる」
微苦笑をもらし、浩瀚は私の額に優しく唇を当てた。
「あなたの独占欲を私が喜んでいることに気づかれない」
「……」
「まだ気づきませんか」
その意味に、気づきませんか、と。今度はまぶたの上に唇を落とした浩瀚が、私の背を強く引き寄せる。
「私にも独占欲がございますよ。あなたを誰にも渡したくない」
それは甘美なささやきだった。
私は真っ赤になって、涙が出そうになる。
何か言いたかったけど、言葉にならなくて。
「……ばか」
照れ隠すように小さくつぶやいた。
了
2002.08.19