延王×陽子
『寛ぎ（くつろぎ）』
「おいおい……」
三羽烏の囲いからようやく解放されて就寝しようとした男は、自分が寝るはずの場所にひとりの少女を見つけて瞬いた。
「陽子……」
漏れるのは苦笑。
「そういうときは脱いで待て」
赤髪の少女は、外套をまとい、靴も履いたまま布団の上でゴロリと丸まっていた。
慶国の王宮から雁国王宮までは最速の騎獣の足でも丸一日はかかる。疲れてそのまま横になってしまったのはひと目で明らか。おそらく休むことなく飛んできたのだろう。
そういえば、と思い起こせば、途中で秋官長朱衡の姿が消えていた時がある。それが５時間ほど前。なぜ知らせなかった、と朱衡を責めても仕方のないことだ。おそらく知らせるなと言ったのは、ほかでもないこの少女なのだから。
――私が来る事で延王の政務に支障があるなら、これ以降、私はこちらには参りません。
言い放ち、隣国の女王が厳しい目でまっすぐに見つめてきたのはずっと前のこと。
くすり、と男は笑う。結っていた髪の紐を解くとまっすぐな黒髪が広がった。
「自国だけでなく、隣国の人心までつかむか、慶国の女王よ」
女御や女官につかまっていない様子を見ると、朱衡が真っ先にここへ通したのだろう。
男は寝台に腰を下ろし、少女の靴を脱がした。
「来るのは明日ではなかったのか？」
「ん……」
返答があったのかと顔を上げれば、ただの寝返り。少女は眉をしかめて右手で目をこすったが、しばらくするとその手は力なく落ちた。起きる様子はまったくない。
「まったく……」
あまりにも無防備なその姿に身体が熱く疼いた。
だが、同時に腹もたってくる。この姿が自分だけのものではないことに。
外套だけを脱がし、少女の身体を抱き起こす。
「陽子、起きろ」
「んんん……。まだ眠い……」
「襲うぞ、コラ」
「んんん……ごじゃらがらげる△□☆＠＃……ぶぶ……」
「陽子……っ、頼むから人間の言葉をしゃべってくれ」
くくくと笑い、男は少女のこめかみに口付けた。
男の口に浮かぶのは優しい笑み。
疲れた身体と心は、こんな些細なことで一気に晴れる。
少女が与えてくれるもの。
与えてくれたもの。
感謝を捧げるように、男は愛する者が目覚めるまで優しい口付けを繰り返した。
了
2003.01.24