リクエスト「浩瀚×陽子←大勢（茶苦茶モテモテな陽子）」 苑様へ。
『内緒（ないしょ）』
ばれんたいん、という蓬莱の行事を宮中に持ち込んだのは景王陽子だった。
最初のきっかけは、ひとりの女官の恋の悩みから始まったのだという。好きな人がいるけれども告白が出来ない。それを聞いた陽子が、蓬莱の「女の子から告白できる日」のことを口にしたのだ。
しかし、それだけではいかにもあからさま。だが、同時に日ごろの感謝をこめて憧れの人やお世話になった人にもお菓子をあげる日でもある、ということになれば話は違ってくる。ようは、好きな人と話すきっかけがあればいいだけの話なのだから。
だが、昨年は――。
「賄賂と同じものを受けるわけにはいかない」
さらりとそんなことを言って、浩瀚も景麒も一つも受け取らなかったというのだから、陽子は感心するよりも呆れてしまう。
「かわいい行事じゃないか！ つまり、人前で渡すのであれば、賄賂とは言わないだろう？」
陽子が言うと、冢宰もまた呆れたような溜め息を漏らした。
「好きだと告白する行事でもあるとお聞きいたしましたが？」
「あ、そうか」
陽子は、むううと唸る。それを見て、浩瀚が微苦笑をもらした。
「そうですね。こちらにも昔から好きな相手には果物や花を贈ります。それに菓子が加わったと思えば」
「あ、う、うん……」
「主上？」
考え込む陽子に、浩瀚は首をかしげた。
「どうかなさいましたか」
「あのね、今年、私が何個もらったか聞いて」
「は？」
「お菓子」
主との会話の途中で突然の話の内容が変わるのはよくあること。浩瀚は首をかしげた。
「主上ももらったのですか？」
「うん」
「女性からですか？」
「えっと……半分くらい」
「あとは男性？」
「そんなことはいいから、数！ 数を聞いて！」
「……おいくつですか」
「５６！」
「それはすごい」
浩瀚は素直におどろいた。
陽子は唸る。
「浩瀚はどれくらいもらっているんだろうって思ったのに……」
そっか、もらってないのか、と呟く。
「なら、きっと浩瀚がもらわない分も入っているんだ」
ぶつぶつと呟く陽子に、浩瀚は微笑んだ。
「それで、誰にもらったんです？」
「え？」
「菓子を、です」
「ないしょ」
「主上――」
「だって、そういうのって人に言うものじゃないだろう？ 浩瀚だって告白されて、それを人に言うか？」
「……言いません」
「だろ？」
浩瀚は溜め息をついた。
「それで、主上はどなたに差し上げたのです？」
「え？ ああ、桂桂たちに」
「ほかにもだれかに差し上げたでしょう？ 鸞を使ったとお聞きしておりますよ」
「えっとね」
「……」
「延王」
「……」
浩瀚は拳を握った。
「延王君に……差し上げたのですか」
「うん……」
「そうですか」
「……」
「……」
「それから、楽俊と六太くんと朱衡さんと成笙さんと……みんなに」
ちら、と陽子の視線が浩瀚の様子を伺うのがわかった。浩瀚は陽子の意図に気づき、軽くうつむくと右手で額を覆った。大きな手はそのまま顔の表情も隠してしまう。
「主上」
「うん……」
浩瀚は、額に当てていた手をそのまま下げて口を覆った。その頬が赤い。そんな表情は、おそらく陽子しか見たことがないものだ。
「からかいましたね」
陽子は笑いを堪える仕草を見せる。
「私が浩瀚にあげると賄賂になるかな」
「主上からの賄賂をお断わりしたことがありますか？」
「……ない」
陽子は嬉しそうに笑う。浩瀚に小さな包みを差し出した。
「ありがとうございます。これは感謝の気持ちですか？ それとも、告白？」
「さあ、どっちだと思う？」
陽子は笑って答えない。浩瀚は手の中の包みを見つめた。
「……小さいですね」
同じ包み紙で、桓タイがもっと大きいものを持っていた記憶がある。桂桂も遠甫も。
陽子はクスクスと笑う。
浩瀚は複雑な表情で手の中の包みを見つめた。
「……私が甘いのは苦手だからですか？」
「それもあるけど。ほら、早く開けて」
陽子が前かがみになって机に腕をつける。浩瀚は、なぜか陽子から見えないように身体を斜めにすると、膝の上でそれを開いた。
二重の可愛らしい柄の包装紙、細く赤いリボンを取ると、中には小さな箱に入れられた茶色の菓子がひとつ入っていた。
「かわいいだろ？ それがチョコレートだよ」
「ちょこれーと……。これが、ですか」
本来、バレンタインで扱われる蓬莱の菓子――、この世界では原材料が手に入らぬために、宮中をにぎわしている菓子は普通の水菓子だったり乾燥菓子だったり焼き菓子だったり。
「ねえ、いま食べて。絶対にかんだらダメ！ ずっと舐めて。そのうちちゃんと溶けるから」
「ずっと……ですか」
「ずっと！ 早く早く」
浩瀚はやや困惑気味にチョコレートをつかむと、口に入れる。それを見届けて、陽子は嬉しそうに笑った。
「かんだら絶対にだめだよ！ おやすみ！！」
陽子はそれだけを言いおき、嬉しそうに跳ねながら執務室を出た。
執務室を出たところで、陽子は大きく深呼吸をする。その頬が紅潮して、嬉しさを隠し切れない。
陽子は目を閉じ、小さく拳を握った。
「――よし！」
それから一年後。
「今年はみんなからのお菓子ももらってあげてね」
残業を終えて寛ぐ執務室で。
「明日だろう？ バレンタイン」
陽子は机に腕を伸ばして、前倒しになって頬をつけている。
「ああ……。そうですね、主命であるならば」
浩瀚は興味のない様子で微笑んだ。実のところ、すっかりそのことを忘れていた。それで今日の官府はどことなく浮ついていたのか、と思う。
昨年のバレンタインのあと、２月１４日に渡す『菓子』は賄賂に当たらず、と陽子が明文化してしまったのだった。
「明日は仕事にならないでしょうね」
浩瀚は小さな溜め息をつき、陽子の目の前に広がった資料をまとめる。さすがに仕事中に菓子を渡す行為は禁じられているが、景王が明文化してしまった以上、朝夕、休憩時間になればお菓子が右へ左へと飛び交うことだろう。
「うん。で、数を競おう！」
「は？」
この人は、また何を言い出すのか――浩瀚は突拍子もないことを言い出した主を見つめる。
「誰と数を競うのですか？」
「もちろん、浩瀚と私」
「……」
「絶対に負けないっ！」
「はぁ」
浩瀚は微苦笑をもらす。
「やけに自信がおありなのですね」
「そのために一年、努力したもん」
「……」
浩瀚は呆れた。会話しているのが女王ではなく、女性でもなく、普通の「女性にもてるために努力する」男子学生のように思えてしまう。
「浩瀚だってそうだろ」
「なにがです」
「日ごろから女性に優しい」
「はあ？ 別に優しくなどしていませんよ」
「笑顔を振りまいているし」
「何を言っているんですか」
「……」
「主上、なんで膨れているんです？」
くすくすと浩瀚が笑う。まとめた資料を机の端に置くと、浩瀚は陽子に背を向けて机に腰をつける。
「主上、こちらへ」
ぽんぽん、と浩瀚は膝を叩く。陽子は不承不承に立ち上がった。机を回り、浩瀚の目の前に立つ。
「なに」
「また膨れている」
浩瀚は両手を広げた。浮かぶのは優しい笑み。
「はい」
「はい、じゃないよ浩瀚のばか」
陽子は浩瀚に抱きついた。
浩瀚は優しく主の身体を抱きしめ、耳元で囁いた。
「私には心に決めた人がいるので受け取ることは出来ないと言いましょうか？」
「知らない」
ぎゅ、と陽子は浩瀚の背を強く握る。
くすくすと浩瀚が笑った。陽子の拗ねた物言いが浩瀚には嬉しい。
「今年は大きいちょこれーとだとうれしいのですが」
「だめ」
陽子が顔をあげる。
「浩瀚には小さいチョコ」
「……なぜです？ 去年、桓タイは大きなちょこれーとを嬉しそうにかじっていましたよ。主上からどれくらいの大きさのチョコをもらったのかと聞かれたが、恥ずかしくてこたえられませんでした」
「桓タイは甘いのが好きだからいいんだ。浩瀚のは一口サイズじゃないと」
「……なぜ？」
「だって大きいと割ったり噛まないと食べれないだろう」
「それは……そうですが」
浩瀚には陽子の言う意味がわからない。
「とにかく、割ったり、噛んだりしたらダメなんだ！」
「はあ……」
ますますわからない。
「そういう風習か決まりなのですか？」
「ちがうけど」
でも、ダメ、と陽子は言い張る。
「浩瀚には小さいの！」
「理由をお聞きしても？」
「……」
「主上」
「……噛んでほしくないから」
陽子は口を割らない。
浩瀚は溜め息をついた。
「強情な人だ」
陽子が不安げに眉を寄せる。
「……嫌いになる？」
浩瀚はまっすぐに陽子の顔を見つめ、そのまぶたに口づけて囁いた。
「いいえ」
浩瀚が微笑む。
「いただけるだけで感謝いたします。それ以上望んでは罰があたりましょう」
「えと……その、もっと望んでもいいよ？」
「は？」
真っ赤になった陽子の顔を、浩瀚は見つめる。
「主上？」
「な、何でもないっ……」
「ああ――」
「だから、なんでもないっ！！」
「なるほど」
「なるほどじゃない！ にやけるなっ！」
「もっと望んでもいいのですね？」
「ダメっ！」
「はいはい」
浩瀚は漏れる笑みを押さえきれぬまま、目を細め、主の瞼に口づけた。
「おねだりは明日いたしましょう」
くすくすという笑いが最初に響いた。
「今年も貰わなかったんだって？」
冢宰府、執務室の入り口で柱にもたれた陽子が笑った。
定時は過ぎ、室内には浩瀚しかいなかった。
「主上……」
気配を消して足音をさせずに来るのだから、浩瀚は苦笑せざるを得ない。
「お聞きでしたか」
「数を競うって言ってたのに」
浩瀚は笑う。来年にでもなれば浩瀚に持ってこようとする者はひとりもいなくなるだろう。
陽子は手を後ろに組んだまま、大きな歩調でゆっくりと歩いてくる。
「ひとつももらえないのではかわいそうだから、冢宰殿には私からひとつあげようかな」
「ありがとう存じます」
浩瀚は微笑む。
「それで、主上はいくつもらったのですか？」
「ないしょ」
「……今年も男性から？」
「ないしょ」
にっこりと陽子は笑って、座る浩瀚の前に立つ。はい、と浩瀚に持ってきていた小さな包みを手渡した。
浩瀚はそれをありがたく頂戴し、微苦笑をもらす。
「私は思ったよりも嫉妬深いようです。主上に思いを寄せている者が気になって仕方がない」
くすくすと陽子は笑う。
「私があげた人じゃなくて、くれた人が気になるのか？」
「あなたの心は私だけにあると知っておりますので」
さらりと。
陽子は笑う。
「よく言う」
「おや、違うのですか？」
「……」
陽子は唇を尖らせた。
「ちがわない」
嬉しそうに笑う浩瀚を見て、陽子はますます頬を膨らませた。
「お菓子、今年は誰が一番多くもらったのか教えてあげようかと思ったけどやーめた」
「台輔ですか？」
「ぶー」
「夕暉？」
「おしい！」
「おしい？」
「夕暉は２番！ 将来有望株！」
「まさか……主上ですか？」
「ありがとう」
陽子はにこにこと笑う。そのまま浩瀚に近づき、身を屈めると、その耳に囁いた。
浩瀚が目を丸くした。
「桂桂！？」
陽子が浩瀚の首に腕を回し、抱きついて爆笑する。
「大穴だろう！？」
「驚きましたね、確かに将来有望ですが」
「仕事、まだ終わらないのか？」
「そうですね、あと少し」
「……いま、いい？」
「ええ、どうぞ。ちょうど休憩にしようと思っていたところです」
陽子は子供のように笑うと、浩瀚の肩に手をおき、「よいしょ」と言いながら浩瀚の膝に足を乗せ、膝を乗りこえて腰をおろした。
官吏が見たら沈黙が走るような光景――陽子は、浩瀚を椅子にして座ったのだった。
満足そうに笑う陽子にさすがの浩瀚も苦笑するが、突拍子もない行動は慣れたもの、そのまま陽子の腰に腕をまわして軽く引き寄せると安定させる。
「去年、私がもらったお菓子はほとんどみんな桂桂にあげただろ？」
陽子は机の上にある書類を手に取り、目を走らせた。
「桂桂のやつ、食べたお菓子のお礼というか、謝罪というか……『陽子にあげたお菓子、僕が食べちゃいました』って、直接みんなにお礼を言いに行ってたんだってさ。それの成果が今年出たってわけ。――これは？」
浩瀚は顔を斜めにして陽子の手元を覗き込む。
「訓令の草稿ですよ」
「訓令って？」
陽子は、読めない漢字、意味のわからない言葉を浩瀚に聞きながら、そのままの姿勢でしばらく草書を読み上げた。
「これを書いたら終わる？ 邪魔なら待ってる」
「御璽は？」
「持ってきてない」
「では、こちらを」
浩瀚は机の左側に置かれた書類を引き寄せる。
「明日上奏しようと思っていたものです」
「目を通せばいい？」
「はい」
「浩瀚は休んでて」
「……はい」
この格好で休め、というのも無茶な話だ。
浩瀚は、陽子の首筋とえりの間に菓子を置き、包みを開き始めた。陽子は書類を読みながらくすぐったそうに笑った。
「もう食べるのか？」
「昨年は早く食べろとのご命令でしたが」
「うんそうそう、食べて食べて」
耳元でガサゴソと動く音に、陽子が笑う。
浩瀚は、昨年と同じく小さなチョコレートを見つめて、内心で小さな溜め息をもらした。形は去年と同じで、両手の人差し指と親指をつけて、親指を曲げたような形をしている。
だが、気のせいか……去年よりもさらに小さくなっているような。
「……噛まないように、でしたね」
「そう！ 今年は食べやすいように小さくしたんだ」
「……」
気のせいではなかったか、と浩瀚は溜め息をついた。口に入れたチョコレートは確かに食べやすいが。
浩瀚は菓子の袋を懐に入れると、再び腕を陽子の腰にまわした。こんなところを見られたらどんな噂になることやら。
舌の上で甘くとろけるチョコを転がしながら、浩瀚は腕の中にいる少女を見つめ、コツン、と額を少女の後頭部につけて軽く目を閉じた。
口の中のチョコレートが溶けるのはけっこう時間がかかったが、その間も陽子は文章と格闘している。読むだけならばかなりの上達を見せたが、政治的内容の意味となるとわからないことのほうが多い。
「……主上」
囁くと、陽子がぴくりと反応して身をよじった。
「浩瀚、甘い匂いがする」
「甘いですから」
「耳元でささやくなっ」
「なぜ？」
陽子の頬が紅潮したのを見て、浩瀚は声を出さずに笑う。そのままこめかみに口づけた。
「――ごちそうさまでした。なぜですか、主上」
「なぜって――」
振り返る陽子の口に、浩瀚は自分のそれを重ねた。
「――っ！」
陽子の膝裏をすくい、身体の向きを横にする。逃げようとする陽子の頭を押さえ、さらに深く口づけた。
唇を割り、軽く開いた歯の間に舌を差し入れて開く。
「こうっ――」
喘ぎと、言葉さえも飲み込んで、浩瀚は逃げる舌を絡め取った。
陽子の震える手は浩瀚の襟と袖をしっかりとつかんでいて。
「甘い……っ」
「主上がくださったのですよ」
陽子は真っ赤になった顔で、確認するように聞いてくる。
「ちゃんと最後まで舐めた？」
「噛んでしまいました」
さらりと口にした冗談に、陽子の目が丸くなる。
「うそ……」
途端に、浩瀚は自分の失言を知った。
「主上――？」
陽子の目に涙が浮かんでくる。浩瀚は驚くよりも焦った。
「冗談です」
言ったが遅い。
「あれほどかむなって言ったのに」
「だから、冗談です。ちゃんと最後まで舐めました――」
「ハートが割れるのは恋が破れるってマークなんだから！」
「主上――主上、主上」
浩瀚は慌てて、膝の上から降りようともがく陽子を抱き寄せた。
「主上、お待ちを」
「浩瀚なんて、知らないよ！ ばかっ」
「主上！ ――主上っ」
浩瀚は祈るように陽子を抱きしめる。
「なぜちょこれーとが小さいのか理由をちゃんとおっしゃってください」
「噛むなって言った！」
「そうではなく」
浩瀚は陽子を強く抱きしめた。おそらく、これほど強く抱いたことはない、というくらいに。
「なぜ私だけ小さいちょこれーとなのか！ その形に意味があるのなら、ちゃんと教えてくださらないと！」
「言いたくないっ」
「だから……！」
だから、と浩瀚は呟く。
「主上からいただけるものが同じであるなら、小さいものより、大きいものを、と願ってしまうのですよ」
陽子の心が自分にあることを知っていても。
「あなたのことに関しては、私に余裕なんてないんです」
「……浩……瀚？」
常に冷静であるはずの男が、情けないくらいに余裕をなくして。
ただの男になってしまう。
子供のように。
ふだんはただそれを隠す術を知っているだけにすぎない。
嫉妬と、独占欲と。
ただ、それを押さえているだけ。
「浩瀚……いたい」
浩瀚はハッとして腕の力を弱める。
気まずい沈黙が走り、浩瀚は陽子から目をそらした。
陽子は身体が自由になると、左手をゆっくりと浩瀚の頬を当てる。
「浩瀚ごめん」
「なぜ主上が謝…」
「内緒にしてて」
「……」
「ごめんね。……小さいのは、気持ちをすべてを詰め込んでいるから。それを一口で食べてもらいたかっただけ」
陽子は、謝った。
「あの形は……心を示しているんだ。あの形がギザギザに割れると、失恋したという印になる」
くだらないこだわり。
ハートを割ってほしくなかった。
噛み砕いてほしくなかった。
溶けるようにすべての思いを受け取ってほしかった。
「泣いてゴメン」
「……」
ふう、と浩瀚は溜め息をつく。それは安堵の溜め息だったのか――それとも、別のものだったのか。
浩瀚は、頬に当たる陽子の手に口付けた。
「主上はときどき、私を困らせたり、からかってお遊びになる」
「浩瀚だって私をからかうじゃないか」
「私はいいんです」
「――」
浩瀚は目を細めた。
「私は、いいんですよ」
優しく、囁く。
「納得いかない」
「人生にはそういうことがたくさんあります。いい勉強になりますね」
「……」
陽子は頬を膨らませた。身を起こし、背筋を伸ばすと、浩瀚の頭に腕を伸ばす。
「……主上？」
冠を押さえている簪を外し、そのまま浩瀚の上で膝立ちになって冠を外した。
「主上――？」
「うるさい」
声に苛立ちが混じっている。
陽子は浩瀚の頭を二の腕で抱え込むと、髪を縛っている紐まで解いてしまう。
「主――」
浩瀚の髪が広がって落ちた。
「お仕事はおしまい！ 文句なし！」
陽子は、浩瀚の髪に指を入れて握ると、浩瀚の顔を上に向けさせてそのまま唇を奪った。
浩瀚は唖然とした。そんな浩瀚の様子に、陽子が艶やかに笑う。それは、先ほどまでの子供の笑みではなく。
「私はもう帰るけど、お菓子のオマケを持って帰る？ それともひとりで帰るのか？」
浩瀚は目を丸くして――そして微笑んだ。
「お持ち帰りさせてくださいませ」
「仕事を？」
浩瀚は目を伏せる。
「おまけを」
陽子は嬉しそうに笑い、浩瀚の頭を抱きしめる。そのまま、浩瀚の頭上に口づけた。唇をつけたまま、陽子は小さく囁いた。
「浩瀚が誰からももらってないって聞いて、すごく嬉しかった」
そうですか、という言葉は声には出せず。
浩瀚はただ、陽子の腰に腕をまわした。
陽子はくすりと笑った。
「いつまで経っても帰って来ないから、実は迎えに来た」
「そうでしたか」
浩瀚は苦笑する。
「主上はたくさんもらったそうですね」
「うん、３位だった！」
「……」
「今年は男性が多かったんだ。なんだか行事が間違って伝わってしまっているみたいなんだよな……。普通は女性から男性にあげるものなんだけど」
ウウウム、と唸る陽子に、浩瀚はにっこりと笑いかけた。
「官吏の誰にもらったんです？」
「……」
陽子は満面の笑みを浮かべた。浩瀚の膝から降りて、歩き出してしまう。
「主上！」
陽子は振り返ると、「いー」と口を横に広げた。
「な、い、しょ！」
「……」
だが、浩瀚もその答えはわかっていたのだろう。目を細めて不敵に笑う。
「それは、言わせて見せろということですか？」
ス――と浩瀚は立ち上がった。
受けて立ちましょう――。
浩瀚の言葉に――。
陽子は慌てて――。
浩瀚は笑った。
了
【THANKS 6500hit】
2003.02.18