延王×陽子
『接触』
「おまえなあ、よそ見をしているから看板になどぶつかるんだ」
「はあ……だって、珍しいものがいっぱいだから……」
延王と一緒に城下に降りて街中を散歩していた午後。
はぐれないように、と延王の袖をつかんだまま、陽子は街の風景や出し物、人の見物に忙しい。
男がいることに安心してか、陽子は無防備に興味のあるほうへと男を引っ張っていく。きょろきょろと忙しない陽子に男が苦笑をもらして、「前を見ないと危ないぞ」とその手を引こうとする前に陽子の額が見世物屋の看板に当たったのだった。
ガン！ と、ものすごい音を立てて看板が揺れた。揺れた看板が再び陽子の頭を直撃する前に、男がそれを止める。その音に驚いて立ち止まった人たちが、かすかな好意的な笑いを漏らして再び動き出した。
陽子は、男の足元で額を押さえてうずくまっていた。
「大丈夫か」
「痛いです」
「そりゃあ痛かろう」
立ち上がり、ううう、と額を押さえて涙目になっている陽子に笑い、延王はその手をつかむ。
「どれ、見せてみろ」
「ううー」
大きな手が陽子の前髪をかき上げる。
「ああ……少し切れているな」
延王は陽子の頬を包み、顔をあげる。
「あ、あの、延王？」
「黙ってろ」
男の身が屈んだかと思うと、ぺろ、と陽子の眉間を舌が走った。
血を拭ったのだと、分かるけれど。
「延王っ」
男の喉がくっくと笑っていて。
「もう少し待ってろ」
男の囁きに、喉が動く。そんな当たり前のことに陽子の鼓動は高鳴った。顔は熱いし、延王が触れるところはさらに熱い。心臓は破裂しそうなくらいドキドキしていて、早く離れたくて仕方がないのだけれど。
ふー、と傷口を乾かすように男が息を吹きかけられると、背筋が震えた。
「ぁ……っ」
陽子は驚いて、延王から逃れるように顔をそむけた。だが、漏れた声に驚いたのは男の方で。
脱力するような溜め息が漏れた。
「まったく……おまえも女だな」
「延王……？」
「なんでもない」
早く良くなる呪いをかけてやる、と男は笑い、陽子の額に優しい口付けを落とした。
了
2003.02.27