リクエスト「浩瀚×陽子」　いずっち様へ。

『七夕』





　短冊に願い事を書いて竹に飾る。

　織姫も彦星も存在しない世界で、七夕という蓬莱の行事が金波宮では行われる。持ち込んだのは、この国の女王。
　金波宮外殿と内殿の境、上官下官の出入りがもっとも多い門の一角に虎嘯が用意した竹には、すでに文官武官、女官たちの願いがたくさんかけられていた。色とりどりの短冊が、所狭しと結び付けられている。
　七夕を翌日に控えたその日、仕事の合間に訪れた慶国の女王は、冢宰とともに目に付く願い事を読んでいた。この時間、いるのは門兵だけで他の官吏の姿はない。
　短冊には国の安定と民の幸福を願うものが多い。陽子が一つ一つの願いを胸に刻む中、くすりと冢宰が笑った。
「彼女がほしいという願いが多いですね」
「まだ女性が少ないからな」
「あまり関係ないと思いますが……この手の願いは。いつの時代もかわらないでしょう」
「あはは。確かにそうかも。祥瓊が言うには、ここに書くと願いがかなうって有名らしい」
「そのようですね」
　好きな相手に彼女がいるかいないかは誰もが気になるところだ。そこに「彼女がほしい」と書いてあれば告白する勇気も出ようというもの。
「あ、ねえ、これ笑える」
　陽子は面白い願い事や読めない字があると浩瀚を呼ぶ。浩瀚も微笑ましい願いを見つけると陽子を呼んだ。
　ここには、自由に願いを書けるようにと竹の横に書卓が置かれ、短冊と筆が用意されていた。
　大体の願いを見終えた陽子は、短冊を前に唸り、少しだけ考えると、やがて筆をとった。
「……よし」
　陽子は少し照れたように笑い、墨が乾くのを待って、願いがかなうようにと軽く祈るように口づける。
　竹はすでに短冊が果実のように錘となって、枝々が頭を下げている。竹じゃなければとっくに枝が折れているだろう。
「よいしょ……と」
　陽子はなるべく高い枝を引き寄せて、背伸びをしながらヒモを結んだ。
「どんな願い事を？」
「字がうまくなりますように」
　浩瀚の問いに陽子が答えると、冢宰は暖かく笑う。
　この行事をはじめてからすでに数年になるが、陽子が国の繁盛などを願ったことはない。それは陽子が願うことではなく、自分がかなえることだと知っているから。陽子が願うのは、本当に普通の女の子が望むようなものばかりだ。
「浩瀚は？」
「内緒です」
「……書かないのか？」
　くすりと浩瀚は笑う。
「実は、昨日すでに」
「え、本当？」
　どこに、と陽子は玉となっている短冊の束に浩瀚の文字を探す。
「あ。桂桂の発見――じゃなかった……浩瀚浩瀚浩瀚……」
　ぶつぶつと呟いている主の背後で、冢宰が笑う。
「主上の願いがかなうよう、お願いいたしました」
「また！？」
　振り返った陽子は少し呆れ顔。
「――もう！　自分の願い事を書けっていつも言ってるのに」
　ぷう、と膨れた陽子は、それでも頬を染めて浩瀚を軽く睨んだ。――が、急に陽子はにっこりと笑った。
「主上？」
「来年は浩瀚の願いがかなうように書いてあげよう」
「……おやおや」
　どこか楽しげな表情で、浩瀚が笑う。さらりと。
「それは楽しみですね」
「……」
　冢宰の笑みに、陽子はあれ？と思う。陽子は困らせるつもりで言ったのだが、ニヤリと言ってもいいような笑みを浮かべられてしまったのだ。
「期待しておりますよ？」
「……浩瀚」
「はい」

　まさかそれを狙っていたんじゃないだろうな、と。

　思ったが声には出せなかった。
　わかるのは、自分が墓穴を掘ったということだけ。
「なんだか嫌な予感がする」
「来年が楽しみです」
「……」
「短冊が足りるかな」
「そんなに願うのか！？」
　にっこり。
　冢宰は、うれしそうに笑った。
「覚悟なさってくださいね」
「かかか！　覚悟って！」
　どんな願い事を、と真っ赤になった陽子を見て、浩瀚は口元を押さえた。くっく、と声を出して笑う。
「浩瀚！　お前、からかっているだろう！」
「いえいえ、とんでもない」
「絶対にからかってる……っ」
「一体、どんな願いを想像したのか気になりますね」
「……絶対にからかってる」
　浩瀚は目を細めて、陽子のそばにある短冊の束を少し下げた。門兵からその姿を隠すように。
　浩瀚は身を屈めると、顔を寄せた。
「でも、そのとおり」
　笑みを作ったそのままの口で、陽子の唇を軽く奪う。
「……もうかなっているじゃないか」
「それとこれとは別」
「却下は？」
「なしです」
「それじゃあ……」
　陽子はくすりと笑った。
「今年の短冊に、無事に来年が迎えられるように願ったほうがいいんじゃないか？」
　浩瀚が複雑な顔つきになった。
「……百官の長がそんなことを願いとして書くのですか？」
「うん」
「皆が不安に思うでしょうね」

　来年の七夕が無事に迎えられますように――浩瀚

　そんな短冊を見つけた官吏たちの姿を想像して、陽子は吹き出す。
「それ、いいかも」
　男の胸に額をつけて、陽子は笑いを堪えた。
　浩瀚は苦笑をもらす。
「笑いすぎですよ、主上」
「だって……おかしくてっ」

　来年もこうして笑っていたい――それを願うのはとても素敵なことだと。

　心から思う。
　顔をあげて、陽子は目を細めた。
「来年が楽しみだな」
「ええ」
「今年もよろしく」
　浩瀚は優雅に礼をした。
「こちらこそ……来年はよろしくお願いいたします」
　陽子はきょとんとし、次の瞬間――。
「……！　ばかっ！」
　頬を赤く染めた。





　了