リクエスト「六太×陽子」小説 苑様へ。
『休日』
目が覚めると、目の前には金色の髪。
掛け布団の上から、私を跨ぐようにして覗き込んでくる明るい青紫色の瞳。
顔に毛先が触れている――それで目が覚めたのだと分かった。
女性の――しかも女王の寝台に入り込んでいる不届き者は、隣国の麒麟。
私が目覚めたのちも、彼の目はじっと私を見つめていて。
朝日が反射して、まるでそこに太陽があるかのように髪が輝いていた。
綺麗な肌に長いまつ毛、秀麗な容貌。
本当に綺麗……とぼんやりと思った。
「延……台輔……？」
……が、なんでここにいるのだろう。
私は眉を寄せ、視点が定まらないまま瞬く。
どこかで見たことのある服だと思ったら、桂桂のものだ。
延台輔は、猫のように大きな目を細めて笑う。そして、額に口付けてきた。
ちゅ、と音がする。
「おはよ」
「おはよう……ございます」
口にして。
私は、すぐにああ、と苦笑をもらした。
昨夜から泊まりに来ていたのだ――彼は。
深夜、麒麟の姿で最初に来たのは、私の部屋だった。
突然の来訪。
雲海の上を通ってきたのは明らかで。
どうしたのかと聞くと、麒麟はじっと私を見て、困ったように小首をかしげた。
明日休みだと聞いて遊びに来たのだと言う。
「とにかく入ってください――」
慌てて招きいれ、私がシーツを広げると、腕の中で人型になった彼は、何か言いたげで。
「延台輔？」
「……寝たいんだけど」
「一緒に寝ますか？」
私は小首をかしげる。延台輔は、じっと私を見た後、小さく溜め息をついて、結局、桂桂のところで寝る、と身体にシーツを巻きつけたまま裾を引きずって出て行ってしまったのだった。
「陽子……」
上から覗き込む延台輔は顔を寄せて囁く。
「自慢じゃないけど、俺ってすごいお寝坊さんだよ？」
「だったらまだ寝ていてください……」
思わず、拗ねた物言いになってしまう。
「祥瓊から陽子を起こしてくるようにって厳命が下ってるんだよなー」
麒麟を使いっぱしりにする祥瓊。だが、延台輔はそれを楽しんでいる。
「もう昼近いんだけどー？」
「いいの……まだ寝るの……」
「ほら、陽子、起きろって」
「いやです。まだ眠いんです」
私は身体を捻って、枕に顔を伏せた。
今日はせっかく得た休日なのだ。延台輔と遊んだりしないで、ゆっくり寝るのだ。
ずっと寝てやる、と昨日思ったのだから。
「起きないと、ちゅうする」
さっきから何度もチュウしているくせに。
「やです……」
「起ーきーろ〜おおお」
がくがくと身体を揺らすから、寝台が揺れる。掛け布団の上から乗りかかられて身動きが取れない。私が「否」を繰り返すと、のしかかられたまま、後頭部に延台輔の唇が押し付けられる。
「起きないともっとすごいことする！」
「や〜！！」
じたばたと暴れると、ますます楽しそうに布団ごと抱きつかれてしまう。
「もしかして裸で寝ているから起きられないとか？」
「ちがいます！！」
「じゃあ見せてよ」
「は！？ 延台輔に買ってもらったパジャマですよ！？」
「今、丈の長いワイシャツのパジャマが流行っているんだ。今度買って来る」
「なんでそんなに嬉しそうなんですかっ！」
「ワイシャツに素足が見えるのって色っぽいよな。俺より尚隆好みだけどー」
「知りませんっ！！」
「起きろって！ せっかく会いに来たのにもったいないじゃん！！」
「やーでーすーー！！」
絶対に布団を離すものかと思う。
「あ！」
そうか、と弾むような声がした。
抱きしめられていた腕が緩み、今度は布団の中にもぐりこんでくる気配がある。
「延台輔！？」
「俺も一緒に寝ればいいんだ」
「なんでそうなるんですか！」
「だってまだ眠いからさー」
「うそ！ 元気じゃないですか！ やーーー！！」
「あったかい〜！！」
ぴた、と背中から抱きつかれて、私は硬直する。しかも、腰に腕が回されて、前でしっかりと指を組まれてしまった。
「いやーー！！！」
「うん、わかってるって」
「ぜんぜんわかってないっ」
「陽子、あったかい」
心臓が。心臓が。
壊れそう。
ドキドキドキドキしていて。
意識のすべてが背後に向かってしまう。
「エロ麒麟〜！！」
「尚隆の麒麟だもん。しょうがないよ」
「しょうがなくないです！！」
泣きそうだ。祥瓊のばかーー！！！
「陽子、大好き」
さらりと口にして。
「嫌がらないでよ……」
その言い方が真剣な物言いだったから、思わずドキリとしてしまう。
「い……嫌がったのは延台輔のほうじゃないですか……っ」
「は？」
「昨日！ 一緒に寝ますか？って言ったのに、桂桂のところに」
「ああ……」
くすり、と笑う気配がする。
「だって……ここで寝ようって、深夜だったから女御を起こしたくないからだろ？」
「……客室を用意したほうがよかったですか？」
「本当に……」
くすくすと。
「わかって言ってるのか、わかっていないのか」
「なにがです」
「なーんでもない」
私はわけがわからずに、眉を寄せる。
「……延台輔……？」
「……ん」
答える声が低い。
「延台輔……？」
「ん……」
「………………」
私は、おそるおそる首を捻ってみた。
聞こえてきたのは、微かな寝息。
「……！？」
うそ、待って。
「延台輔……？」
「……んん〜」
本当に寝てしまったのか、反応が薄い。
「うそ……」
眠たかったのは私のはずなのに、私はすっかり目が覚めて、起こしに来たはずの人物が寝てしまうっていうのは。
「〜〜！！！」
ある意味、起こしに来たのは成功した、ということになるけど。いや、そんなことはどうでもよくて。
少し、唖然とした。けれど、彼の腕に手を添えて、思わず笑ってしまう。
あまりにも、彼らしくて。
私は身を捻って、延台輔に向き直った。
「延台輔」
返事はない。
「ね……」
彼の頬を両手で包み、囁いて、頭上に口付けた。本来、角のある場所に。
「……ん……」
金色の長い睫毛は伏せられたままで。
「起こしに来たんでしょう……？」
「ん……」
本当に疲れているのかもしれない。一国の王宮から王宮へと来るのに、麒麟の足でも大変だろうから。
「ねえ……」
返ってくるのは意味のない返事。
しょうがない、このまま寝かせてあげようか……と思った。
「陽……子……」
「いいですよ、そのまま寝ていても」
再び角の位置に口付けて、そっと囁く。
「ん……」
角の位置に触れられるのは嫌なのだろう、延台輔が擦り寄るように顔を寄せてきた。
私の胸に顔を埋め、足も絡めてくる。延台輔の素足は冷たく。
「台輔……？」
「……」
「…………」
私は、延台輔の頭に腕を回し、そっと抱き寄せた。私の腰を抱く腕が強くなった。
「延台輔……」
私は甘く囁く。
「嘘寝していると窒息の刑ですよ？」
彼の頭を胸に強く押し付けた。
「！」
ぎゅうう。
「……ぷ！」
ぎゃはは、と延台輔が身悶える。
「色気ねえな！ 降参降参！！」
「もう！」
私が腕を放すと、腰に回していた腕を解いて、延台輔は身を起こし、身体を跨いで乗りかかってくる。
「女王が隣国の麒麟を殺すのって問題あると思う！」
「麒麟が隣国の女王の寝台に入り込むのも問題あると思います」
「だってあったかいからさー」
「理由になってない！」
「すごい理由じゃんか！」
ニヤリと笑う。
「気持ちがいい！」
そのまま、抱きつかれた。
「やーーー！！ 信じられない！ エロ麒麟ーー！！」
「尚隆の麒麟だからしょうがないって何度も言っているだろ！？ それに」
延王が聞いたら俺のせいにするなと憮然としたことだろう。
「俺は成獣なんだから」
「免罪符にならないです！」
私の胸に顔をうずめて、延台輔は笑う。
「早く大人になれ」
「……？」
きょとんとしていると、やっぱり笑われてしまう。どこか苦笑いのような表情で。――けれど、それは一瞬。
「いいんだよ。陽子にだけだもん」
延台輔は、ちゅ、と音を立てて胸の谷間に口付けた。
「本当に気持ちいい……」
顔を横にして、その言葉どおり、本当に気持ちよさそうに目を閉じるから困ってしまう。
「陽子……もう少しだけこのままでいようか」
「え？」
「今のままでさ」
思わず、抵抗を止めて身体の力を抜いてしまった。
「延台輔……？」
「陽子の胸……気持ちいい」
「……」
「本当」
真剣な声で言われて、私は顔に血が上るのが分かった。
「……ばか」
「それ俺の……」
字、と言いたかったのだろうか。目を閉じたまま、延台輔がくすりと笑う。
「陽子に言われると、嫌じゃないな……」
「……」
私が金色の髪をそっと撫で付けると、延台輔が笑った。
そのうち、力が抜けて、本当の寝息が聞こえてくる。
甘えられているのだろうか。
陽子が好きだ、と言われる。――私も好きだ、と返す。
でも、どこまで本気なのかがわからない。
――もう少しだけ、このままでいようか。
少しだけ、ホッとする私がいた。
「うん……」
私は微笑む。
もう少しだけ、このままでいたい。
このままの関係で。
「延台輔……」
彼の重みと穏やかな寝息、鼓動と、体温が重なって眠たくなってくる。
「今日は……お休みだから……」
大きく息を吸って、ゆっくりと吐いた。
重いまぶたを閉じる。
もう少し寝ていても怒られないだろう。
了
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2003.07.14