リクエスト「六太×陽子」 きりや様へ。
『充電』
目を覚ますと、部屋は薄暗かった。
何時……？
頭を起こそうとして――布団に沈めた。どうせ起こされるのだ。それまでもう少し寝よう、と目を閉じたときだった。
くすりという笑い声がした。
「え！？」
驚いて右横を向けば、肘を枕にして金色の髪の少年が私のほうに顔を向けている。
明るい金色の髪、白い肌、長い睫毛の下は少し眠たげで、秀麗な顔をより色っぽく見せている。綺麗、という以外の言葉が見つからない、隣国の麒麟。
「延台輔！」
「ん？」
私が驚いたことに、彼が瞬いた。
「あ……」
記憶が戻り、私は、息を吐いた。
「泊まりに……来ていたんだ……」
「なんだそれ」
ぷ、と少年が吹き出す。
「色気ねぇなあ」
「だって……」
私は慌てて腰にあった毛布を引き寄せた。
延麒は服を着ていて。
私といえば、裸のままだ。
深夜遅くに来た彼と一緒に寝たことまでは覚えているが、いつの間にか意識を手放してしまったらしい。途中からの記憶がない。
「よく眠れたか？」
延麒は手を伸ばして、私の前髪を軽くいじる。
「延台輔……」
青紫の瞳が微笑んだ。
「ぐっすり寝てた」
「すみません……疲れていて……」
「まあ、さらに疲れさせたのは俺だし？」
恥ずかしくて、顔が熱くなる。彼の顔が近づいてきて、私の額と自分のそれとをコツリと合わせた。
「おはよう」
囁かれて。
「おはようございます……」
私も内緒話をするように囁いた。
朝に弱い延台輔がすでに起きているというのも変な感じ。いつもは私のほうが彼を起こすのに。
「今日はどうしたんですか……？」
問いたいことが正確にわかったのだろう。彼は溜め息をついた。
「起こしてもらったんだ。もう行かないといけないからさ」
行く？ どこに？ 疑問に思ってから、玄英宮に帰るのだということに思い至るまで時間がかかった。
私はどんな顔をしていたのだろう。
「寂しい？」
上目使いに、くすりと笑われた。額をつけたまま、互いに囁くだけの会話。
「……はい」
素直に頷くと、彼は目を丸くして、嬉しそうに微笑んだ。あごを上げて、私の唇に自分のそれを重ねる。すぐに離れたけれど、延台輔は身体を半身だけ起こして、伸ばした手で私の頬を包むと、また重ねてきた。
今度はすぐに離れない。
まるで覆い被さるように。
「延――」
抵抗しようとして、私は言葉を途切れさせた。
「……んっ」
深い口付け。
胸がはちきれそうなくらいどきどきしてしまう。震える手で毛布越しに延麒の服を握ると、顔を離して、彼は上半身を起こした。
小さく息を吐く。
「充電完了」
私を見てにっこりと笑った。
「昨日はすぐに寝ちゃうんだもんなー。充電が足りなくてどうしようかと」
私は真っ赤になって、彼を睨んだ。
「延台輔……！」
けれど、返ってくるのは笑み。
身体の割には大きな手がのびてきて、私の前髪をくしゃくしゃと撫でまわした。
「行ってくる」
――行ってくる
玄英宮に帰る、ではなく。
延麒はじっと私を見ている。
――嬉しい。だから、笑って、見送らなければ。
私は彼の指をきゅっと握って、目を細めた。いってらっしゃい、と呟くと、彼は頷く。
見送ろうと、身を起こした私を彼は止めた。
「いいよ、まだ寝てて」
「でも」
「いい。まだ寝てろって。本当にまだみんな寝ている時間だから」
「……でも」
いま何時なのだろう。確かにまだ人が動いている気配はない。
延麒は立ち上がると、じゃあな、と口にして部屋を出て行ってしまう。
「延台輔っ」
足音が去って行き、そのあまりのあっけなさに言葉を失ってしまう。
後悔と、物寂しさが押し寄せてくる。
行かないで――
言葉にならない思いが苦しくて。身体を折って、敷布に顔をうずめた。
どうして、ずっと起きていなかったんだろう。
彼がせっかく会いに来てくれたのに。
いつでも会えるわけじゃないのに。
今度、いつ会えるのかわからないのに。
ふと、足音がした。
去って行ったはずの足音が、近づいてくる。
それが誰なのか――確かめる必要もなく。
私は、毛布を跳ね除けて身体を起こした。
「っ！」
「陽子」
入り口には金色の髪。はあはあ、と息をして。彼は足早に寝台に戻ってくると、私の腕を引く。掠るように唇を重ねて、顔を離した。
「延台輔……」
泣きそうな顔だったのは、私なのか、彼なのか。
「また来る。だから……」
だから、と彼は繰り返す。
泣くな。
その先は、口にしなくてもわかった。
「うん」
私が頷くと、彼はホッとしたように、少しだけ笑みをもらす。私の前髪をかきあげて、額に優しく触れるような口付けをくれた。
「いい夢見ろよな」
「はい」
「それから――」
周りの毛布を引き寄せると、あらわになった肌を隠すようにぐるぐるに巻いた。
「風邪引くだろ！」
私はくすりと笑った。
「笑うな」
顔だけ出した私のあごを軽くつまむと、今度こそ本当に、ひらひらと手を振って出て行ってしまった。
しばらく、また戻ってくるのではないかと待ってみたけれど。
足音はなく。
長い沈黙の後、漏れたのは小さな溜め息。
「……」
私は、さっきまで彼が寝ていた場所にその身を伏せた。
まだ暖かい。
もしかして、ずっと起きていたのだろうか？
――充電完了。
延麒の笑みを思い出し。
その思いを感じて、恥ずかしさと嬉しさで顔が熱くなっていく。
またしばらく会えないのだ。
彼が会いに来てくれたことが嬉しくて。
でも切なくて、……愛しくて。
胸が苦しい。
「延台輔……」
目を閉じると、彼の匂いがした。
了
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2003.12.31