「麻衣？」
　目を覚ました麻衣は、そこにいる面々をじっと見つめた。
　目が見える――。
「……リンさんは？」
　自分が先ほどまでリンと話していたことを思い出して。
　だが、真砂子の着物の柄が違ったものとなっているので日付が違うのがわかった。
　いつのまにか寝てしまっていたらしい。
「リンさんは？」
「リンは廊下にいる。――呼ぼうか？」
　ナルが静かに聞いた。
　うん、と麻衣は頷く。
「……みちさんはどうなったの？」
「終わった」
　言ったのはナル。
「……そう」
「リンがな」
「え？」
　滝川が苦笑する。
「リンが終わらせて来た。すごかったぜ〜。ワタクシ、彼があんなに怖い人だとは思いませんでした、マル」
「リンさんが？」
「そりゃもう、完膚なきまでに。消滅させちゃったんだもん。こちとら、もう、びっくりデスヨ」
「消滅……？」
「消滅ですとも。いやー。やっこさん、怒ると怖いわ〜」
「呼んでまいりましたわ」
　真砂子に呼ばれて、リンが病室に入ってきた。入り口のドアを身をかがめて。
「谷山さん……」
　リンが麻衣に近づき、反対に、部屋にいた者たちが入れ替えに出て行く。滝川は麻衣の頭をひと撫でして出て行った。
「座って？」
　麻衣が笑う。
「……」
「お願い。首が疲れるから」
「すみません」
「冗談」
「……」
「ごめんなさい。お願い、座って」
　リンは大人しくベッド横の椅子に座った。額に巻かれた包帯はもうない。実際は八針縫ったのだが、それを口にするつもりはない。おそらく誰もそれを口にはしないだろう。麻衣を安心させるために。リンは何を話すわけでもなく、麻衣から視線をそらしたまま黙っている。
「……終わったって」
　麻衣がつぶやく。リンは黙って頷いた。やはり会話が進まない。
「みちさんね……日崎勝彦が好きだったの。そばにいられるだけで嬉しかったの」
「……」
「たとえ父親に『みち』と呼ばれることがなくても。そばにいることが出来ればそれだけで幸せだったの。――でも、お嫁に行かされちゃったでしょ？　……みちさん、自分が嫌われるのを恐れていたの。だから嫌だと言えなかった。もしかすると、お嫁に行かされたのは嫌われているからじゃないかってずっと怯えてた――」
「そんなことは知りません。知りたいとも思わない」
「リンさん――？」
「谷山さんを狙った――それだけで」
　すでに許す許さないの対象ではなくなってしまったのだ。日崎みちは。
　ナルの静止を振り切って館に向かい、そして、彼女を消滅させた。
「……ねえ、リンさん……」
　麻衣はふとんから腕を出す。うつむく男の、袖をつかんだ。
「麻衣って、呼んで？」
「は？」
「麻衣、って」
「――」
「お願い」
「……麻衣」
　麻衣は笑う。
「ねえ、笑って？」
　リンは首を横に振る。
　麻衣は身を起こした。リンが慌てて背に枕を入れる。その胸元を、麻衣はつかんだ。
「あのネ、あたし、リンさんが好きだよ？」
「――！」
　突然の告白に、リンの身体が硬直する。
「愛とか恋とか、そういうのはまだわからないけど、でも、リンさんのこと好きだから。……リンさんは？」
　リンは硬直したまま――――。

　麻衣の真摯な目を見つめて。

　胸元をつかむ小さな手に、自分の手を重ねた。
「ええ……」
　リンは笑む。
　彼女が言う「好き」とは人間としてであって、決して「異性」として好きと言っているわけではないことをリンは察する。
　でも。
「私もあなたが好きです。……あなたを好きな男の中の、一人ですよ」
　リンは軽く身をかがめ、麻衣のこめかみに口付けた。
「早く良くなるおまじないです」
　麻衣は頬を赤くして、そして笑った。
「リンさんのおまじないって、すごく効きそう。本場ものって感じで」
　くすり、とリンが笑う。
　その笑みに、麻衣は一瞬惚けた。

　――あれ？

　急に胸がドキドキする。
「みちさんのお墓参りに行きたいんだけど……いっしょに行ってくれる？」
　そう口にした麻衣に、リンがうなずく。――笑みを浮かべて。
「――」
　ありがとう、とつぶやいた麻衣は俯く。

　――あれ？

　なんでこんなに胸が――。
　頬が熱い。自分の顔が真っ赤になっているのがわかった。

　――どうしよう。

　ちらりとリンを見上げ、麻衣は困ったように苦笑した。リンが首を傾げる。
「どうかしましたか」
「……なんでもない」
　きっと、綾子が言った言葉を思い出したからだ。





　なぜ、リンだけが麻衣を助けることが出来たのか、とか。
　なぜ、一番遠くにいたはずのリンが麻衣を助けることが出来たのか、とか。

　そんな理由はきっと簡単で。





「だって、麻衣にだけよー？　あんなふうに笑うのは」





　きっと、それが答え。





　了





【キリリク　700hit】2002.07.31/誤字修正2007.02.25

yukka様へ

「リン×麻衣」でちょっと「ぼー麻衣」？

リクエストしてくださったyukkaさんは出会ったのは、
一番最初に参加したイベントでした。
大好きな人です！！

700hit本当にありがとうございました！！