アスラン×カガリ
『花と姫君』
褐色の肌をした大男は、その身体に不似合いな純白の花を一本だけ持っていた。何かを探して視線をさまよわせている。その目が、俺と一緒に歩いていた少女を見つけて定まった。
カガリ――と、男が少女の名を呼ぶ前に、カガリは男に向かって駆けている。まるで子犬が飼い主に向かって走るみたいだ、と俺は思った。
「おはよう！」
キサカから白い花を受け取ったカガリが、嬉しそうにその花びらに唇を寄せた。
胸が痛んだのは、カガリを見つめるキサカの優しい視線のせいか、それともキサカに向けるカガリの嬉しそうな顔のせいか。
二人は嬉しそうに笑っていて。
俺は見ているのが辛くて、思わず視線をそらしてしまう。
「アスラン？」
「あ……え？」
カガリがいつの間にか俺の前で顔を覗かせて小首をかしげていた。俺は動揺して、意味のない言葉でどもってしまう。
カガリは怪訝そうな――どこか心配そうな顔で眉を寄せた。
「具合でも悪いのか？」
「いや……別に。キサカさんは？」
「もう行ったよ。これを渡しに来てくれただけだし」
これ、とカガリの手には白い花。
「オレゴノ島で咲く花なんだ……」
「……その花の匂いだったんだな」
朝、目が覚めるとすでにハウメア島は甘い香りに包まれていた。百合やクチナシ、金木犀といった、鼻を近づけなくてもひとつあれば香りが漂ってくる――そういう類の匂い。
「うん。今朝咲いたんだって」
カガリは嬉しそうに笑う。この花は開くときに「ぽん」って音がするんだぞ、と楽しそうに語るカガリ。その表情だけで俺は胸が暖かくなる。
戦争で、一度は焦土と化した大地に咲いた大切な花。
草木や花というのはなんて強いのだろう。
「なんて名前なんだ？」
「……」
カガリは黙り込んでしまう。俺は瞬いた。
「知らないのか？」
「……」
カガリは立ち止まって上目使いに俺を見る。
「笑うなよ」
そう言い置いて、カガリは頬を染めた。けれど、カガリが口にしたその名前に、俺は笑ってしまう。
「アスラン！ 笑うなって言ったのに！」
「すまない」
それでも。
「いい名前じゃないか」
「なら、なんで笑うんだよ！」
カガリは頬を膨らませて怒る。
俺は、そんな彼女の表情にも頬を緩めてしまう。どんな表情も、自分だけに向けられるものであるなら嬉しいと思ってしまう。
島中に咲く野生の白い花。けれど、実際に匂いを放つものは四つ葉のクローバー並に稀なのだという。その匂いが強いために、すべての花が香っているかのような錯覚に陥るのだ。
プリンセス・カガリ――少女が生まれた年に名付けられた特別な花。
今まで香ることのなかった花の中から、初めて匂いを放つ花が発見されたのがちょうど彼女の生まれた年だったのだという。
彼女が生まれた年に、島中を優しい香りが包み込んだのだ。
「そんな花を切ってもいいのか？」
「今はたくさんあるからいいんだ。昔は一株がすごい高値で取引されていたんだって。すごいだろう？ トイレの芳香剤に使えるよな！」
「トイレの芳香剤……ああ、確かにいいかもな」
「一家のトイレに一株、プリンセス・カガリ！」
この話を聞いたエリカ・シモンズが頭を抱えたらしい。
プリンセス・カガリが今でも高値で取引されることをカガリは知らない。
俺はカガリに右手を差し出した。
「どうぞ、姫君」
そんな言葉と共に、国民は祝福の花を彼女に贈るのだろう。
カガリは嬉しそうに笑って、花を持っていないほうの手を重ねてきた。
了
【カガリストに22のお題 21】
2003/12/15