シリウス×ハーマイオニー
『シリウスと秘密』
はじめに「人」としての心を取り戻したのは、彼女のたった一言だったのだ。
「あの――ブラックさん――シリウス？」と。
「ハーマイオニー？」
私は首をかしげた。黒い犬となって彼女の家で暮らしはじめたが、ハーマイオニーがホグワーツから戻って、実際にふたりで話すのは今日が初めてだった。
「何でうちに来たんですか……？ たまたま車に轢かれそうになったのがママだったの？」
ハーマイオニーはちょっとためらったようなしぐさを見せたが、手を伸ばすとわたしの背中を撫でた。彼女の両親がいるところでは身体を小さくするが、彼女の部屋に入り、彼女とクルックシャンクスだけになると、わたしは普通に変身した状態――熊のように大きな犬なった。彼女がためらうのは、その大きさにも関係しているのだろう。
「ブラックさん」
「シリウスでいいよ、ハーマイオニー」
「……シリウス」
「そうだね。偶然なのか、計画なのか……それはわたしにもわからないんだ。君のご両親がマグルだということをクルックシャンクスから聞いていたのでね。もともと、どこかの家に飼われるつもりだった。この家も、クルックシャンクスに教えてもらったんだ。――ああ、クルックシャンクスは君のことが本当に大好きらしい。君のことをたくさん話してくれたよ。ずっと店にいた彼女を、かわいいハーマイオニー、君だけが笑顔で迎えてくれたとね」
わたしはにっこりと笑う。
少女は頬を紅潮させて、うつむいた。
「その……かわいいっていうの、やめていただけませんか」
「なぜ？」
「……その」
「とてもかわいいと思うけど」
かああ、と赤くなる少女を、本当にかわいいと思う。決して美人という顔ではないが。
「そうか、言われ慣れていないんだね」
「……正直に言えば」
わたしは彼女の頭に手を載せた。人の手だったら撫でてやることも出来るが、今はお手を頭にしているような状態だ。すぐに手をのけて、変わりに、彼女の頬に口付けた。
「シ！ シリウス！？」
「黙って。仕方がないだろう？ 今は犬なんだ」
「……」
そんな説明で納得できるわけがないのだろうが、困ったようにわたしを上目遣いで見つめる彼女は本当に愛らしかった。
「まず第一に、君はわたしの味方だ」
ハーマイオニーが頷いた。
「そして、ご両親は魔法界の人間ではない」
「ええ……」
「魔法界の人間ならシリウス・ブラックのことを忘れないが、マグルはすぐに忘れる」
「でも、スキャバーズのように魔法界の中にいたほうが、いろいろと情報も入ってくるでしょう？ ここには、新聞くらいしか手に入らないわ」
「そうだね」
わたしは頷いた。
「でも、スネイプはわたしが変身することを知っている。ロンの家族といてはすぐにばれてしまうよ」
「あ――そうですね」
「君は、わたしといる２ヶ月、優秀な家庭教師を雇ったと思えばいい」
「家庭教師？」
「知らないのかい？ わたしたちがホグワーツを優秀な成績で卒業したことを。そして、わたしがもっとも得意とすることが、変身術だ」
「！」
「君が変身術に関心があることは聞いている。どうだい？」
「……私は大歓迎だけど、ハリーに黙っているなんて……」
「そうだね。わたしも彼と早く暮せたらと思う。でも、今あせって捕まるわけにはいかないんだよ」
「……」
「君は、ルーピンが狼人間であるとわかっていても黙っていたね？ 態度も変えなかった。その心を信じたい」
「それは……」
「君は優秀な教師と、優秀なボディーガードを手に入れる。どうかな。黙っていてくれるかな？」
「……」
考えてはいるが、彼女の意思が同意に頷くのは想像できた。案の定、彼女はコクンと頷いた。そして、ちょっと小首をかしげる。
「ずっと犬の格好でいるんですか？」
「人の方がいいかな？」
少女はプルプルと首を横に振った。
「犬のほうがいいです……。でも」
「でも？」
「着替えたりするときは、出ていてくださいね？」
「……ああ」
わたしは少し動揺して、身体を揺らした。
「約束する」
「よかった」
にっこりと笑って、彼女はわたしの首に両腕を伸ばして顔を埋めた。
わたしはますます動揺した。
かすかな甘い匂い――。
「よろしくお願いするわ、ブラック先生」
「……ああ、よろしく」
声は、どもっていなかっただろうか。
彼女が光を与えてくれた。
ルーピンが昔のように「パッドフット」と呼ぶ前に――。
「ブラックさん――」と。
１２年間。
１２年間も人として扱われることのなかった自分。
闇の中にいた自分。
あの闇を抜け出て、日の光を浴びても、闇の中から抜け出せずにいた自分。
だが、あの一言がはじめて与えられた本当の光だったのだ。
あの瞬間、彼女がわたしを人間に戻してくれたのだ。
「礼を言うのを忘れていたね、ハーマイオニー」
「え？」
「君が授業のために逆転時計を使っていなかったら、あの時わたしは救出されることなく命が途絶えていただろう」
「そんな！ あなたを救ったのはハリーです！」
「君もバックビークに乗っていただろう？」
「それはそうですけど……」
「ハリーにはいい友達がいるね。それだけでも感謝するに値するのだが？」
「……」
にこ、とハーマイオニーが笑った。
「わたしもハリーやロンと親友になれて嬉しいの」
「わたしたちのように、一生の友であるといいね」
「ええ！ あなたと出会えたことも、とても嬉しいわ。シリウス」
笑った彼女は、本当にかわいらしかった。
「ハーマイオニー。本当にありがとう」
わたしの言葉に彼女は照れくさそうに笑う。優しく返ってきたのは、頬への口付けだった。
「お帰りなさい、シリウス」
ああ、やはり。
「……ただいま」
彼女がわたしに光を与えてくれる――。
にゃあ、とクルックシャンクスが鳴いた。
よかったわね、とその目に笑みを浮かべながら。
ああ、よかった。
ハリーと出会えて。
彼女と出会えて。
心から、そう思った。
思えることが幸せだった。
了
2001/09/12(Wed)
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