シリアス（ハーマイオニー）
『君から見て』
「ハーマイオニー、君から見て、ハリーはどういう少年だい？」
シリウスが――今は黒い犬の姿の彼が私の膝に顎を乗せて聞いてきた。
「どうって……」
私はハリーを見て思うことをいくつもあげていく。元気がいいこと、悪戯好きであること、運動能力が高いこと、魔法の勉強は嫌いだが順応性が高くすぐに魔法を使いこなしてしまうこと、などなど。それを聞いているシリウスはとても嬉しそうだ。相槌を打つ声が弾む。
「君から見て、ロンはどういう少年？」
私はロンに対する正直な感想を口にした。シリウスはそれをニコニコしながら――犬の表情だからそう思っただけだけど――聞いている。シリウスは学校のことを聞きたがった。ドラコ・マルフォイやネビル、パーシー、マクゴナガル先生、スネイプ先生、ルーピン先生、ダンブルドア校長先生……そして、最後にこう聞いた。
「君から見て、ハーマイオニーはどういう女の子なのかな？」
私は。
その質問に答えることが出来なかった。
「ハーマイオニーは……」
私は――。
「私は……」
「ハーマイオニー？」
私が言葉に詰まったことに、シリウスは多少驚いたようだった。顔を上げ、戸惑ったように私を見上げてくる。
私はその灰色の瞳を見つめながら、小さく笑う。
「ハーマイオニーは勉強が大好き」
「そうか」
「勉強ばっかりしていて……友達がぜんぜんいないの」
「ハーマイオニー」
「でもね。ハリーとロンっていう少年が、友達になってくれたのよ」
私は笑う。１年の時に体験したトロールとの戦いのことをシリウスに話した。それまで自分には一人の友達もいなかったこと。
「今はクルックシャンクスも大切な友達だし……。シリウスも――シリウスは違う？」
シリウスが目を細めた。
「友達だよ、ハーマイオニー」
「良かった」
私はシリウスの毛をその手で撫でる。耳の後ろをかくと気持ちよさそうに目を閉じた。
「私は……」
シリウスの首筋から背中にかけて髪を梳かすように撫でた。彼は眠ってしまったのかも知れない。呼吸が穏やかに、時々耳がピクピクと動く。
「友達の作り方を知らないの」
そう。
魔法界の、あの学校でできるまでは。
私には一人の友達もいなかったのだ――。
誕生日の朝、届いた一通の手紙。
ホグワーツ魔法魔術学校への入学許可証。
それがすべての始まりだった。
最初はいつものように悪戯だと思ったのだ。両親も半信半疑だった。
でも、同封された学校案内書やら両親がマグルである者のための魔法界案内などを読むうち、それが本物であるということに驚きを禁じえなかった。
驚きはすぐさま喜びに変わった。
魔法使いは夢の世界の物語だと思っていたのだ。それが、現実のものであり、自分が実際に魔法を使うことができるのだと知ったときの心の変化をどう言葉にすればいいのだろう。
私が魔法使いの素質があること。
それは、自分に何一つ自信のもてなかった私が、唯一、自分を確かめることのできる最高の誕生日プレゼントだったのだ。
祖父母も両親も喜んでくれた。それは、私が魔法使いであったからというよりも、私が喜んだことを喜んでくれたのだと思う。
私の笑みに、喜んでくれたのだと思う。
学校でのいじめに泣いた日々。
友達もなく、家からでることもなく、本ばかり読んでいた日常。
今でも時々思うのだ。私自身、魔法にかけられているのかも知れないと。
夢、という魔法に。
確かな現実であれ、と願うように私は貪欲なまでに魔法の知識を吸収していく。
いつ夢が覚めるかわからないから――。
夢が覚めても、笑っていられるように。
たとえそれが夢であったと泣くことになっても――。
その夢は、私にとって大切なものをいくつもくれた夢だから、きっと笑うことができるはず。
前に進むことができるはず。
そして、いつか夢の中の彼等に現実で会うこともあるかもしれない。
それはきっととても楽しい日常を与えてくれるだろう。
「私が恐れているものはなに……？」
そのつぶやきを聞く者は私だけ。
――君から見て、ハーマイオニーはどういう女の子なのかな？
「理想よ」
こうありたいと願い。
こうあろうと願った。
魔法をたくさん覚えて、友達をたくさん作って、元気に笑って。
……現実はうまくいかないけれど。
少しずつでもいい。変わっていく自分がわかる。
大切なもの。
勉強ではなく、勇気や友情や。それを教えてくれた体験――。
でも、これは私だけの胸に秘めた秘密。
「……」
時々、夢に見て悲鳴をあげることがある。
夢の中であげた悲鳴に目を覚ましたのか、それとも実際に声に出してしまったのか、それは分からない。
それはいつまでもついてくる恐怖。
魔力を失う夢を見る。
どれが夢でどれが現実なのか、それすらわからなくなって、深夜に女子寮を抜け出したのは一度や二度じゃない。
いまだに新学期のキングズ・クロス駅に向かうときは恐怖に震えてしまうなど、ハリーたちは思いもしないだろう。
これが夢だったら？
九と四分の三番線に入ることが出来なかったら？
大きな荷物を抱えて柱に激突してしまったら？
私だけが弾かれてしまったら？
そのたびに言い聞かせるのだ。大丈夫、私は成績優秀なんだから、と。
勉強は、私にとって自分を確かめられる、自分の居場所を作るひとつの自信だった。
――君から見て、ハーマイオニーはどういう女の子なのかな？
シリウスの声が脳裏に響く。
「ハーマイオニーは勉強が大好き」
私はシリウスから目を離して窓の外を見た。
「……だってそれは、彼女がココにいてもいいって信じられる、たったひとつの目に見えるものだから」
了
2002/05/18