ギャグ
『ポッター家と秘密』
その年の冬、僕、ロナルド・ウィーズリーは親友のハリー・ポッターとハーマイオニー・グレンジャーとともにルーピン先生の家に招かれたのだった。
そこには、偶然にも「遊びに来た」というシリウス・ブラックもいて、その日の夜は、自然的な流れでハリーの両親の話を聞くことになったのだった。
暖炉を囲む中、シリウスはゆったりと懐かしむように昔話をはじめた。
「その年にポッター家に待望の赤ん坊が誕生した――そう、ハリー。君がね」
ハリーは胸の鼓動がこっちにも伝わってきそうなほど瞳が輝いている。僕なんか自分が生まれたときのことは両親や兄貴たちにこれでもかというほど聞かされているから、こんなに喜んでいるハリーを見ているとうらやましくなってしまう。
「真っ先に駆けつけたのはもちろん、私だった」
どこか誇らしげにシリウスが言った。
「顔や髪はジェームス似だった。私はホッとした」
「……」
……ん？
と誰もが首をかしげた。
「自分に似ていたらどうしようかと」
「シリウス！！」
ルーピン先生が叫んだ。
シリウスは優雅に笑った。
「なんだい？」」
「なんだいじゃないだろう！」
「冗談に決まっているじゃないか、リーマス」
「……」
僕とハーマイオニーがチラリとハリーを見る。彼は目を丸くしてきょとんとしていた。……意味がよく分からなかったみたいだ。
シリウスは話を続けた。
「きみの頬に触れると、ぷに、と音がしそうだったよ。とても可愛らしかった」
シリウスの目はキラキラしていた……。親ばかだ……。
「わたしは思わずジェームズに言ってしまった」
シリウスの目が光った。すごく真剣な表情で……。
「この子を食べてもいいかい？ と」
「シリウス！！」
ルーピン先生が叫ぶ。
「うるさいな、リーマス。追い出すぞ」
「ここは私の家だ！」
「冗談なんだから、少し黙って聞いていてくれよ」
「おまえは実際にそう言ってた！ だが、言わなくてもいいことまで言わなくてもいいんだ！」
「すべてを包み隠さずハリーに伝えたほうがいいだろう？ なあ、ハリー」
「うん！」
ハリーは楽しそうだ。……本当にいいのかな、と不安になるほど。
「小さな赤ん坊は真っ直ぐにわたしを見て笑った。それはそれは綺麗でかわいい――本当にわたしに食べてくれと言わんばかりの笑みだった。僕は言った。瞳は……ああ、リリー似だ。良かったね」
「……」
どういう意味だろう、と僕は思う。
「名前は決まったのか、とわたしたちが聞くと、ジェームズは瞳を輝かせて叫んだ」
「……」
「……」
「なんて？」
「ウガンバ・ポッターだ！！」
「…………」
「…………」
これも冗談かな、とルーピン先生を見ると、僕たち三人の視線を受けて、先生は静かに視線をそらした。不安がどっと押し寄せる。
「……本当なの……？」
「もちろんだよ、ハリー。わたしがウソを言うと思うのかい？ ジェームズのセンスがないことはこの上ない。もちろんわたしたちが認めるわけがないだろう？ リリーも大反対だった」
ハリーは目に見えてホッとしている。もしもハリーがウガンバ・ポッターなんて名前だったかと思うとゾッとする。――いや、別に、ウガンバって名前が悪いとは言ってないけど……。
「リリーも考えていた名前があったらしく、二人して君のことを別の名前で呼んでいたよ」
懐かしそうにシリウスは微笑む。
「リリーは……お母さんはなんて名前を？」
「……聞きたいかい？」
「……」
「やめておきなよ、ハリー」
僕はハリーの袖を引いた。人生、聞かなかったほうがいいということはいくらでもあるのだ。
でも、ハリーは首を横に振ってシリウスを真っ直ぐに見た。
「教えてよ。僕は知りたい。お父さんのこと、お母さんのこと」
「そうか……。分かった、教えよう。リリーは君のことをポチと呼んでいた」
「……」
「……」
「……」
シリウスはにこにこと満足げに笑っている。
「シリウス」
ルーピン先生の低い声が響いた。
「子供たちが本当に信じたらどうする」
「じょ、冗談ですか？」
僕が聞くと、憤慨したようにルーピン先生が立ち上がった。
「当たり前だろう。リリーはちゃんとした名前を付けたさ。ポチなんてどこぞの国の犬の名前などつけたりするものか」
「そ、そうですよね。はは……」
「そうだとも」
チラ、とハリーを見れば、彼もどこかホッとしたような表情だ。
「で、本当はなんて名前を付けたんです？」
う、とルーピン先生は固まった。
「そ――それは」
「タロウ・ポッター」
さらりとシリウスが言った。
「「「タロー・ポッター！！」」」
僕たちは叫んだ。
「なんだ、けっこう普通じゃないですか。どんな名前が飛び出すのかとドキドキしたよ」
「私も……」
「僕もだ」
ハリーも胸を撫で下ろしている。
「けっこういい名前だろう？」
シリウスが笑う。僕たちもうなずいた。
「ウルトラマンタロウから取ったとリリーは言うんだよ」
「「「ウルトラマンタロウ！？」」」
「東洋のヒーローだね。ぴこんぴこんぴこん、ジュワ！」
「ヒーロー！」
ハリーの瞳が輝いた。
「そうだよ、ジュワ！」
ジュワ？
「ジュワって……なんですか」
「それが去るときの挨拶なんだ」
「……そ、そうですか……」
はは、とハリーは笑う。僕はその前の「ぴこんぴこんぴこん」のほうが気になった。
「思い出した……」
「懐かしいなあ〜」
ルーピン先生は頭を抱え、シリウスが感慨深げに目を閉じた。昔のことを思い出しているのだろう。
まさか、大人ふたりがポッター家を埋め尽くすようにあったウルトラマンシリーズの人形を思い出しているなど知るよしもない。
「タロー・ポッターでもかっこよかったわね」
ハーマイオニーがうれしそうに笑う。
「ハリーって名前はシリウスが付けたんでしょう？ やっぱりご両親がどちらも譲らなかったから？」
「ん、まあそういうことになるかな」
シリウスが「いい名だろう？」と誇らしげに笑った。そして、身を乗り出す。
「じゃあ、次はハリーがはじめて言葉を話したときのことを教えてあげよう。もちろん、その言葉を聞いたのもわたしが最初だった。なぜなら……」
「シリウス」
ルーピン先生がその言葉をさえぎった。
「なんだい？ 我が親友よ」
「そうとも我が親友よ。わたしの言いたいことが分かるかな」
ルーピン先生は笑顔だった。だが背後から、黒い闇が流出している。
「……」
とても怖かった。
シリウスが咳払いをした。
「それは……また今度にしようか」
シリウスがハリーに言った。
「えー！」
ハリーとハーマイオニーが一緒に異議を唱える。
僕はそのほうがいい、と思った。人間、聞かないほうが幸せということのほうが多いのだ。
シリウスが片目をつむった。
「今度、こっそり教えてあげるよ」
「シーリーウースー」
ビュン！
ルーピン先生の目から光線が出てシリウスの髪にかすった。
ハリーとハーマイオニーは気づかずに「何？」「何？？」と言っていたが、僕はそれを見てしまった。
「……」
怖い。
ポッター家にはまだまだ秘密がたくさんありそうだった……。
知らないほうが幸せ、という秘密が。
了
2002/05/18