ハリー×ハーマイオニー
『キス』
「キスってどんな感じ？」
突然、ハリーが言った。
――は！？
私は驚いて勢いよく彼にほうに向いた。
「だから、キスってどんな感じ？」
きょとんと、何でもないことのようにハリーが聞いてくる。
「あ……あのね、ハリー？」
声をひそめた。
中庭の、草むらの中。
二人して、身を丸くしてうずくまっている。
パーシーとペネロピーが連れて歩いているのを見かけたロンが「あとをつける」と、私たちまで連れてここまで来たのだ。ベンチに座った二人を見て、ロンはフレッドとジョージを呼んでくる、と駆けて行ってしまった。
残された私たちはどうすることも出来ずに、草むらに隠れて上級生二人の情事を覗き見するという、なんとも可笑しな事態になっていた。
正直、早くここから立ち去りたい。
だって、パーシーとペネロピーの雰囲気がなんていうかその……つまり、見ているのが恥ずかしいくらい顔を寄せ合って笑いあったり、囁きあったりするわけで。
軽く口付けをかわした二人を見たときには、もうだめ――と私は立ち去ろうとしたのだ。
それを引き止めたのはハリーだった。
腕をつかまれて、元の位置に戻される。
「ハリー！」
「静かに。ばれちゃうだろう」
「これ以上、いたくないのよ」
声をひそめつつも、はっきりと彼に言う。
そして、次に返ってきた言葉がそれだったのだ。
「ねえ、キスってどんな感じ？」
ハリーがふざけていないことはその目を見ればわかる。真っ直ぐな、よどみのない瞳。すごく真剣に。
「そんなこと聞かないでよ！！ 答えられるわけないでしょう！」
「だって、キスしたことあるだろう？」
「だ！ だれとよ！！」
「家族とか」
私は脱力した。
「そ……それはあるけど」
「ねえ、キスってどんな感じ？」
「どんなって……」
「気持ちいいの？」
「はあ！？」
「うれしいもの？」
「……」
「楽しいもの？」
「……そんなこと、分からないわよ」
なんて答えればいいわけ？
ハリーは、私から目を外して、ベンチの二人を見た。私は顔をひざにうずめて溜め息をついた。
「ハリーだって、あるでしょう？ キスしてもらったこと」
「ないよ」
あっさりと。
まるで当たり前のように。
「ない」
私は顔をあげて。
――ああ。
彼の境遇を思い出してしまう。
伯母の家族に預けられて、育てられたハリー。本来、家族として愛してくれるはずの彼らに、愛されずに育った彼。
生まれたときにはたくさんの祝福を――キスをもらっただろうに。
「ダドリーが伯母さんにキスしてもらうところはたくさん見てるけどね。僕がしてもらったことは一度もないよ。まあ、してもらいたいとも思わないけど。……ねえ、キスってどんな感じ？」
ハリーの質問は、冗談ではなく、本気。
キスというものを本当に知らないのだ。
私は、それに気づかなかった自分を反省して、ちゃんと答えてあげることにする。
「キスって……たくさんあるのよ。種類が」
「え、そうなの？ 二種類？ 三種類？」
「そうじゃなくて」
私は苦笑する。
「家族のキス、親子のキス、友達のキス、恋人のキス」
「じゃあ、パーシーがしているのは恋人のキスだ」
ハリーの目が輝いた。
「舌を入れるんだね！」
イーーヤーーー！ 実況しないでーー！！
パーシーの馬鹿ー！！ そんなこと学校でしないでよーー！！
私は顔を覆った。
「喉にもキスするんだ」
イーーーヤーーーーーー！！！！！！
「ハリー、お願いだからそれ以上言わないで」
「あ……うん、ごめん」
「とにかく、ここから早く出ましょう」
「なんで？」
「なんでって――！」
私は高くなりそうな声を押さえた。
「恋人のキスは見たりしないものなの！」
「そうなの？」
「当たり前でしょう！」
「そうかー」
納得してくれたのか、ハリーは少し残念そうに頷く。私はやっと肩の荷をおろして、四つんばいになってここを抜け出そうとする。それをまたハリーが止めた。
「なーによーーー！ もう〜！！」
「ねえ、友達のキスって？」
「はあ！？」
「ハーマイオニーはしてくれないの？」
「なにを？」
「キス」
「……」
「だって、僕たち友達だろう？」
「そ――それはそうだけど、友達でも、いろいろあって。キスにも軽いのとか重たいのとか、いろいろあるのよ。友達でもむやみやたらにキスしたりなんかしないし……その、私、上手く説明できないから」
「物知りなのに？」
「そういう問題じゃないのよ」
「どう違うの？ ロンなら教えてくれるかな。キス」
「……」
私は再びハリーの横に戻った。
「参考までに聞くけどロンになんて言うつもりなの？」
「キスしよう」
「……」
「だめ？」
だめとかいいとか、そういう問題でもなく。私はハリーの肩をつかんだ。
「お願いだから、それだけはやめて」
「……」
「お願い」
「……わかった」
私はホッとする。
「友達のキスでも、いろいろあるのよ」
しゅん、としてしまったハリーを慰めるように、私は優しく笑った。
「頬や額にするキスもあれば、唇にするキスもあるの」
「喉も？」
「……まあ、そうね」
答えてから、友達で喉にキスはしないことに気づく。
「いえ、友達だと喉にはしないわ。それは恋人のキスよ」
「気持ちいいんだね」
「………………まあ、きっとそうね」
「ペネロピーはうれしそうな声をあげてるもの」
イヤーー！！！
泣きなくなってきた。
「それは置いといて！」
私はハリーの顔を両手でつかんでベンチの二人から私の方に向けさせた。グキ、と音がなったけど気にしない。
「うれしいときとか、感謝したりするとき、愛しく思えるとき、キスってするのよ。ハリーが生まれたとき、ご両親や家族から、たくさん祝福のキスをもらっているわ」
「それが家族の――親子のキス？」
「ええ。そう」
「僕が覚えていないだけか」
「ええ――そうよ」
私は微笑んで、ハリーの額に口付けた。
ハリーが驚いたように私を見る。
私は笑った。
ハリーが、額を押さえる。
「……これは？ 友達のキス？」
「うーん。どうかしら」
私はくすくすと、笑う。
「どちらかといったら、可愛くて幼い子供にするキスね」
「僕は子供？」
「大人はキスの方法なんて聞かないもの」
「……そうか」
どこか、 肩を落として。
そんな彼がすごく可愛く思えた。
私は身をのりだして、彼の頬に口付けた。
「ハーマイオニー？」
「きっと、これは友達のキスよ」
「……きっとなの？」
「きっとなの」
「そうか」
ハリーはくすぐったそうに笑った。
「友達のキスにもいろいろあるってことだね？」
「そういうこと」
私たちは笑った。
ハリーが私の頬に軽く口付けた。
「――！」
驚く私に、ハリーが笑う。
「ありがとう、ハーマイオニー」
私の顔は真っ赤になっていたと思う。いくらなんでも不意打ちだ。
私は頬を押さえて、シドロモドロになった。
「……えっと、それは友達のキス？」
まるでさっきまでのハリーのように聞く。
ハリーは笑った。
「そう。そして感謝のキスだよ」
「……うん！」
ありがとう、と私は言った。でも、ちょっと不安になる。
「ねえ、ハリー？ うれしいことや感謝することがあったからといって、キスばかりしないでね。キス魔なハリーなんて困っちゃうもの。それに、見境なく誰にでもするものでもないの。わかってる？」
「わかっているって。まずは言葉から、だろ？」
「そうね。そして、あんまり同性ではしないほうがいいわ」
「あはは。わかってるよ」
「……」
かなり不安。
だって、ハリーはあまりにも常識を知らなさすぎるんだもの。
今度、キスってどういうものか、ちゃんと調べなくっちゃ――。
私は微笑んだ。
「やあやあ、パーシー！ こんなところで何をしているんだい！？」
フレッドとジョージの声がした。
「なななな！ なんでもないよ！」
「おやー！？ ずいぶんと慌てて、何かしてたのかな？」
「なな、なにも！！」
「僕たちはもしかして邪魔？」
「邪魔なものか！」
本心とは裏腹な、悲鳴のようなパーシーの声が聞こえる。
「やあ。どうだった？」
ロンが息を切らせながら、身を縮めて草むらに寄ってくる。
「まったくもう、本当に呼んで来たのね」
呆れたように私が言うと、ロンは意外、と言った顔で「当たり前だろ」と胸をはった。
「ウィーズリー家の義務だよ！」
いやな義務だ、と私は思う。ロンは、自分のときもそういう運命が待っているということまで考えて言っているのかしら。
「ハリー、パーシーたちはどうだった？」
「うん、恋人のキスをしていたよ」
「やっぱり！」
ロンの頬が輝いた。
「僕も見たかったなあ！」
ベンチのところでは、今も双子によるパーシーいじめが続いている。
ペネロピーは洋服の前を両手で押さえたまま、顔を真っ赤にして俯いてしまっていた。
この一族は……もう！！
ウィーズリー家の男の彼女にだけはなるまい。
私は固く誓った。
了
2002.09.18