ハリー×ハーマイオニー
『勝負』
「ちょっと、ハリー、聞いてるの！？」
クスクスと、ハリーが突然笑い出すから、私は眉を上げた。
ハリーが目を細める。笑いでゆがむ口元をこぶしで隠し、私の方に顔を傾けた。ハリーの前髪が軽くかかる。
「聞いてるよ、ハーマイオニー」
耳元で、ささやかれた。
途端に、キャー！ と談話室の端から若い女の子たちの声がした。目を向けると、下級生の女の子たちが顔を寄せ合って騒いでいる。顔を赤くして、すごく楽しそうだ。
「ハ、ハリー？」
顔を赤くしたのは、私も同じだ。ハリーの息がかかった耳を抑え、彼を睨む。ハリーはあいかわらずクスクスと笑っていて。
「なんなの！？」
「なんでもない」
「なんでもないってことはないでしょう！ いきなり笑ったりして」
「うん、だから、本当になんでもないんだ」
ハリーが私の額に手を伸ばし、前髪をかきあげる。
「ごめんね？」
「い、いいわよ」
別に……とつぶやきながら、私はハリーの手を避けるように、一歩身体を後ろに下げた。ハリーがやることはいつも突然すぎて、私には何がなにやらさっぱりわからない。
「ロンはまだかなあ」
「さっき呼ばれて行ったばかりじゃないの」
「チェスしたいんだよなあ」
「だから私が相手になるってさっきから言っているのに」
「……ああ、ロン……」
「もう！ 無視して！」
私はドン、とハリーの胸を手の甲で叩いた。
「だってハーマイオニーったら弱いんだもの」
「失礼ね！ いい勝負じゃない」
「僕といい勝負だから、弱いんだろ？」
「……」
返す言葉もない。
「見てなさいよ、いつかギャフンと言わせてやるから」
「ぎゃふん」
「ハリー！」
私はハリーの腹にパンチを食らわした。ハリーが笑う。
「ぎゃふんって聞きたかったんだろ？」
「そういう意味じゃないの！ もう！！」
「ぎゃふん」
「ハリー！」
私はハリーの頬を両手でつかみ、ぐいぐいと左右に引っ張った。
「そんなことを言うのはこの口！？ この口ね！？」
「いだいいだい」
私が手を離すと、ハリーは赤くなった頬を押さえて「ひどいなあ」と言う。
私はにっこりと笑った。
「そういうときはギャフンって言ってもいいわよ」
「……ぎゃふん」
「よし！」
にこにこと笑う私に、ハリーは溜め息をついた。
「しょうがない、僕もハーマイオニーをギャフンと言わせるか」
「ふふん」
「あれ？ 勝つつもりなの？」
「ここしばらく、私が図書館にこもっていたのはただ調べ物があったからだと思った？」
「まさか――」
「図書館って、チェスの本がたくさんあるのよ。きっと、前に好きな先生か生徒がいたのね」
ハリーが溜め息をついた。軽く肩をすくめる。勉強しても無駄なのに、と言っている様な仕草だったけど、私はそれを無視する。
「さ、やりましょうか？」
私が笑って腕まくりすると、ハリーは軽く考え込んだ後、いいけど、と言った。
「勝負には賭けがつき物だろ？ ハーマイオニーは僕に勝ってギャフンと言わせたい――」
「参りました」
「はいはい、参りましたと言わせたい。なら、僕は？」
「え？」
「そうだな……」
「ちょ、ちょっとハリー？」
ハリーは腕を組む。焦る私の頭越しに何かを考えるような視線を向け、にっこりと笑った。
「僕が勝ったら、キスしてよ」
「だめ！」
「……即答だね」
「当たり前でしょう！」
「うううむ」
最初から私に却下されるのはわかっていたのだろう。あっさりとハリーは引き下がる。
「じゃあ、こうしよう。僕が負けたら、参ったと君に言う。ハーマイオニーが負けたら、さっき僕がしたみたいにする」
「は？」
「ハーマイオニーがしてほしいのは、僕がみんなの前で参ったと言うことでしょう？ 僕はその反対。僕だけに聞こえるように言ってもらう。オーライ？」
私がきょとんとしていると、ハリーは身をかがめて、私の耳にささやいた。
「心の準備は出来た？」
「！」
下級生たちが、キャーと叫ぶ。私はハリーの楽しそうな笑みを見つけて彼を睨んだ。
「ハリー、あなた、あの子達をからかって楽しんでいるんでしょう」
「さ、やろうか？」
ハリーはそしらぬ顔で歩き出した。
「まったく……」
ハリーの後ろについていきながら、彼を睨む。
「……」
からかわれているのは、私も一緒だけど。
なんだか悔しい。
ボスッ、とハリーの背中に拳を入れた。
「アタッ！ 何、ハーマイオニー」
「なんでもないわよ！」
私が勝てば何の問題もないことだ。
この勝負、絶対に負けられない。
了
2003.01.21