シリウス×ハーマイオニー、ルーピン×ハーマイオニー
『失恋シミュレーター』
「ふう……思ったよりも大荷物になったな」
リーマス・ルーピンは、都会での買い物を済ませ、途中ではぐれた親友の姿を探す。お金の出所はその親友。久しぶりの買い物に――といっても、その親友のための生活用品ばかりなので、リーマスの儲けといえば、買い物のおまけでついてきたつかみ取りの（本当は子供たちだけ対象なのだが――）キャンディーくらい。
探していた男は、ネットカフェにいた。パソコンに向かってなにやら真剣に調べものをしている。情報でも集めているのだろうか。
探していた姿は「黒犬」であり、ネットカフェでパソコンをいじれるような姿ではなかったのだが……。
「シリウス……何をやっているんだ」
呆れるような声になってしまうのは仕方がないだろう。
リーマスが窓の外から中指でコンコンと叩いて知らせると、顔を上げた黒髪の友人は軽くアゴをしゃくった。入って来い、と。
「外から丸見えじゃないか。警戒心がたりないよ……」
それとも自分が神経質になりすぎているのだろうか、とリーマスは思う。
シリウス・ブラックがアズカバンを脱走してから２年、彼が無実であったことをリーマスは昨年知ったが、それでも世間はまだそのことを知らない。目の前にいる男は、あいかわらず指名手配されたままなのだ。
シリウスの姿は昔の面影を取り戻すにはいたっていない。去年はハリーを守るために彼の近くにいたというが、いったいどこにいたのかまでは詳しく話そうとしなかった。
とりあえず、リーマスの家に来たシリウスが最初にしたことは、家の中のネズミをすべて捕らえることだった。それだけで、なんとなく日ごろの生活を垣間見てしまったリーマスは、その手際に「うわー」と思わず呟いてしまったほどだ。
「見事だね。憎憎しげで……とっても楽しそう」
とりあえず、対象が「捕獲」から「食料」に変換される前にネズミは取り上げてみたが。
「何を調べているの」
「何か頼めよ、リーマス」
「おごり？」
「おごり」
「じゃあ、ホットミルク」
「言わないと砂糖はつかないぞ」
「じゃあ、砂糖も」
シリウス・ブラックは昔からマグルの製品が好きでよくいじっていた。機械、操作、改造、開発に強く、いくつかの特許で今でも銀行には自動的に金が入っているはずだ。十年以上もの間、世間と離れていた彼が、パソコンの性能を確かめているのだろうか――。そう思いつつ、リーマスはシリウスの隣に座り、彼がいじるパソコンを覗き込んだ。
「失恋シミュレーター？」
左上に書かれているページの題名を読んだ。
「なにやってるのさ……」
シリウスはインターネットで占いのページを開いている。
ええと、なになに、とリーマスがそこに書かれている文字を読んだ。
「あなたが好きな人に告白した時に何と言ってフラれるのかを占います。またそのショックで何が鼻から出るかも占います？」
記入するのは「好きな人の名前」と「告白のときになんと言うか」だ。
「あれ？」
好きな人の所にちゃんと名前が入っている。だが、その名前を見てリーマスはひどく呆れることになる。
ハーマイオニー・グレンジャー。
親友ジェームズの息子ハリーと同級生の少女だ。
去年の夏、追っ手から逃れるために、シリウス・ブラックが犬の姿で人間界にある彼女の家に身を隠していたことを、彼から聞いてはいたが。
「……シリウス」
子供だぞ？
リーマスの目の前で、むずかしい顔の親友は、告白のときになんと言うかで真剣に悩んでいるのだ。
「ハーマイオニーか……」
人狼であることに気付きながら、それを黙ったまま自分を信じ続けてくれた少女をリーマスは思う。態度もまったく変わらず、だから、リーマスは彼女の口から聞くまで、人狼であることを彼女が知っているとは思ってもいなかったのだ。
「好きです、でいいんじゃないの？ ――ああ、ありがとう」
ホットミルクを受け取り、リーマスは椅子を回す。
しばらく沈黙が続き、シリウスの手が動き始めた。
君は笑うと思う。でも、こんな気持ちは初めてなんだ。
――うわー。真面目に書いているよ〜。
リーマスは可笑しくて仕方がない。
シリウスが「結果を見る」のボタンを押した。
結果。
ハーマイオニー・グレンジャーさん 「…………（黙って走り去る）」
チャラリーン！ 鼻からガソリン〜
「…………」
シリウスの顔が真っ青になっている。
「ぷっ」
「リーマス！」
「あはははは！ だって、だって……」
「お前だってやってみろ」
「いやだよ、だって、それって必ず失恋するんだろう？」
「シミュレーションだ！ いいか、こう、将来に備えて覚悟を決めるにはちょうどいい。これで慣れていれば現実に起こったとしてもだな……リーマス、とにかくお前もやれ！」
「えええ〜」
笑いが止まらないリーマスの手からカップをとって、二の腕をつかんで今まで自分が座っていた席に座らせた。
「いやだなあ……」
ええと……好きな人……好きな人……。
ぶつぶつと呟いて、リーマスは少し考え込んだあと、「ハーマイオニー・グレンジャー」と入れる。
「おい」
シリウスが眉をひそめたのはわかったが、リーマスは無視して、その下の告白文を考える。
「ううう〜ん」
「好きです、でいいんだろ」
「いや、でも、ほら。……なんだか、シリウスが真剣に考えた気持ちがわかった。んんん〜、どうしようかなあ……」
「好きです、でいいんだろ」
「ん〜」
「好きです、で」
「うるさいな。ちょっと黙っていてよ」
リーマスは真剣に考えたあと、キーを押し始めた。
僕は人狼で……、お金もないし職もないけど、それでもいい？
「ぷ」
シリウスが笑う。
「それ、結婚の申し込みか？ しかも、すげえリアル」
リーマスのこめかみが引きつった。
「シリウスだって似たようなものじゃないか」
「まあまあ。とにかく結果を見てみようぜ」
「シリウスは見るなっ」
「お前だって、俺のを見ただろ。ほら、押せ押せ」
「……」
リーマスは「結果を見る」のボタンを押した。
結果。
ハーマイオニー・グレンジャーさん「ゴメンね。妥協したくないからさ」
チャラリ〜ン！ 鼻から冷却水〜
「…………」
「…………」
「……シリウス」
「ああ」
「出よう」
「……ああ」
翌日。
ハーマイオニー・グレンジャーのところに元教師と元飼い犬が現れた。クルックシャンクスが突然騒いで玄関の戸を開けてほしいとねだるので、玄関に向かったとき、ちょうどチャイムが鳴ったのだ。
「まあ！ 先生……！ どうしたんですか！？ シリ――ブラックまで」
シリウスはともかく、リーマス・ルーピンとはほぼ1年ぶりの再会だ。
「お久しぶりです、ルーピン先生っ」
「やあ、ハーマイオニー。その……元気だったかな」
「はい！」
「ええと、その、ハーマイオニー」
「はい」
真剣なリーマスの声に、ハーマイオニーは姿勢を正す。
「私たちは君が好きだ」
「は？」
ハーマイオニーは瞬く。
ブラックがワンと小さく吼えた。ハーマイオニーの視線が向けられると、人間の言葉で「好きだ」と言う。
「え？ えええー！？ い、いきなりどうしたんですか！？」
「好きだ」
「好きだ」
「好きだ」
「好きだ」
二人は真剣に繰り返す。ハーマイオニーはただ驚いてしまって、口をポカンと開けるだけ。そのうち、軽くうろたえて、どんどん顔が真っ赤になっていく。両手で口を覆った。
「ハーマイオニーは私たちのことをどう思うかな」
リーマスが真剣に聞いた。
「え、えと。その…………」
何でこんな真昼間から玄関先で告白大会になっているのだろう、とハーマイオニーは思う。
リーマスの顔が青ざめていく。
「嫌いかな……」
ブラックの尻尾が力なくたれている。
「きゅうう〜ん」
ハーマイオニーは慌てて首を横に振った。
「ち、違います。その、驚いただけで…………ええ、えと、その…………私も好き、デス」
最後は本当に呟くように小さな声で。
でも、人狼と犬の耳にはちゃんと聞こえたのだった。
リーマスの表情が華やぐ。
「そうか。良かった！」
まるで花が開いたようにリーマスが笑った。
ブラックの尾がこれでもかというほど大きく揺れる。うれしそうにワン！ と吼えた。
「あの……それで……なんの用が？」
「ああ、なんでもないんだ。私たちは帰るよ」
「え？」
「戸締りに気をつけて。ああ――これをあげる」
リーマスはポケットの中から買い物のときにもらった飴と、もとから持っていたチョコレートなどをハーマイオニーの手にあふれそうなほど積み上げた。
リーマスの顔は本当に嬉しそうで。
「あ、ありがとうございます」
「じゃあね」
ワン！
二人は、現れたときと同様、姿現わしであっという間に消え去った。
「…………」
残されたハーマイオニーは、何がなにやらさっぱりわからない。
「えええと」
ハーマイオニーは問いかけるように足元にいるクルックシャンクスを見、手の中に残る、確かな現実に首をかしげた。
「飴をくれるためにきたのかしら……？」
大人ふたりの真剣な悩みなど思いもつかないハーマイオニーは、二人の切羽詰ったような顔を思い出して、くすりと笑うのだった。
了
2003.01.26