ロン×ハーマイオニー／H.v.H様
『lady's manner』
ガッタン！
寝支度も整ったところでやにわに開けられた部屋のドアに、ハリーもロンももちろん飛び上がった。
そして、姿を表した人物を認めると、さらに飛び上がった。
「ハーマイオニー・・・」
枕を抱えた寝巻きの少女は、この世のすべてに喧嘩を売っているかのような剣呑な視線で二人を一瞥するとまるで判決を下す時の裁判官のような口調で言った。
「今晩はここに泊まるわ。」
「な、何を考えてるんだ！」
先に口を開いたのはロンだった。
ハーマイオニーはずかずかと部屋に入り込むと、ロンのベッドから彼の枕を取り上げるとぽーんとハリーのベッドに放り投げた。
かわりに自分で持ってきた枕をそこに置き、のそのそと潜り込む。
「ぼくのベッドで何するんだ！？」
非難を向けたロンに、ハーマイオニーは踏んぞりかえった。
「あら、まさかレディーに床に寝ろなんて言わないわよね。」
・・・・深夜に男のベッドに潜り込みに来るのがレディーの所業か。
声に出せない呟きが、ロンの胸の中に静かに落ちる。
「いったいどうしたというんだい？ハーマイオニー？」
それまでじっと黙ってハーマイオニーを見ていたハリーが優しく声をかけた。
その声に、ハーマイオニーはいからせていた肩を少しだけ落とした。
「やかましくって、寝られやしないのよ！」
吐き捨てるように、言う。
「あの子たちってば、毎晩意味もなく集まってはくだらないお喋りばかり・・・。」
女子寮の中で、ハーマイオニーはたしかに少々とんがっている。
洋服の話、香水の話、好きなアイドルの話、恋の話・・・。
女の子のお喋りに、話題が底をつくことはない。
けれど、それに興味を持つことができなければ、延々と繰り返されるお喋りの時間は苦痛以外の何者でもなくなる。
かといってその雰囲気を壊そうとすれば、たちまち見えない力で排除される。
「世の中には考えなければならないもっと大切なことがあるはずだわ。」
苛立たしげに、ハーマイオニーは溜め息をついた。
・・・・しかし、天下国家を論じるのに男のベッドを占拠する必要がどこにあるのだ？
・・・・って、え？
「ハリー、なにやってんだ！？」
先ほどハーマイオニーによって投げつけられたロンの枕を、黙々と自分の枕に並べているハリーにロンが驚いたような声を発する。
「仕方がないだろう。ハーマイオニーが君のベッドを奪ってしまったんだから。」
「この事態を認めるというのか？ ハリー。」
「じゃあ、マクゴナガル先生に報告に行く？ ミス・グレンジャーが僕のベッドに寝てしまったので僕の寝るところがありません・・・・。」
「じょ、冗談はよしてくれ！」
奇妙な沈黙の後。
ロンは不機嫌きわまりなく顔を捩じ曲げて。
ハリーの隣に潜り込んだのだった。
「あいつは本当に女か？」
小さなベッドに狭苦しく二人並んで、ロンはハリーにその元凶となった少女を罵った。
ハリーはぱちりと目を開け、にやりとロンを見遣る。
そして、さらりと言った。
「確かめてみる？」
「えっ！？」
「動かないでよロン。狭いんだからさ。」
「たたた、確かめるって・・・、ハリー・・・。」
「冗談だよ。」
「あ、うん。もちろんそうだ。もちろんだとも。うんうん。」
ロンは暑くもないのに汗をかきながら、しどろもどろに独り言を言った。
「あれ。」
やがて、やにわにハリーが訝しげな声を出してハーマイオニーが寝ているロンのベッドを見た。
「ハーマイオニーったら。ロンほどじゃないけどあまり寝相が良くないんだな。」
むくりと起き上がると、ハリーはつかつかともう一方のベッドに歩み寄り、毛布を手に取った。
「ハ、ハリー・・・。」
何かに怯えたようなロンの声が、背中を追うが。
「だめだよハーマイオニー。まだ冷えるんだからちゃんとかけなきゃ。」
そう言って、静かに寝息をたてる少女に毛布をかけてやった。
「ハリー・・・、あの、あのさ・・・。」
ロンの声は、心なしか裏返っている。
「へえ。みんなが言う通りほんとうに柔らかそう。」
「おい！！」
ハーマイオニーの頬に手を伸ばすかに見えたハリーに、思わず大きな声を発してしまってロンは慌てて口に両手をあてた。
ハリーの手は、わずかにハーマイオニーの前髪に触った。
「下級生の女の子たちが、ミス・グレンジャーの金髪になれる魔法はないかなあって言ってたよね。」
動じた風もなく、悠々とハリーは戻ってきて再びロンの隣に入った。
そして、悪戯めいた笑みを浮かべるのだった。
「やっぱり近くで見ると可愛いね。ハーマイオニーは。」
「なななな、何を言ってるんだ！ハリー！」
耳まで赤くなったロンが、慌てたように返した。
「ロンは、そうは思わない？」
「思わない。絶対思わない。誰が思うものか。」
必要以上に首をぐるんぐるんと振って、ロンは否定した。
「へえ、そうなんだ・・・。」
「もちろんだとも。あんなヒステリー怪獣のどこが可愛いんだ。だいたい女じゃないよ。うんそうだ、女じゃないんだよあいつは！！」
「苦しいんだけどなロン・・・。」
二人でシェアしている毛布を勝手に頭までかぶってロンはそれでも首を横に振り続けていた。
「そうかあ。」
ハリーがつぶやくように言って、意味ありげな溜め息をついた。
「ロンは違うのかあ・・・僕だけかあ・・・・、ってことは、僕ってハーマイオニーのことが好きなのかな。」
「冗談じゃない！！」
ハリーの呟きに、ロンが文字通り飛び上がった。
「そそそ、そんなことがあるわけないじゃないか！！」
明らかな過剰反応。
ハリーは意味深に笑う。
「なんで僕の気持ちがロンにわかるの？」
「し、知るか。何言ってるんだよ。おかしい。うん、きょうはおかしいんだ。みんなあいつのせいだ。明日文句を言ってやろうな。おやすみっ！」
支離滅裂に喚くと、ロンは再び毛布を引っかぶった。
「ロン。」
背中をつんつんとつついて、ハリーが声をかけたが、ロンの返事はない。
「ロン、もう寝ちゃったの？」
独り言でもある問いに、なぜかロンがうんうんと何度もうなずいていた。
目覚めた瞬間に感じた微妙に違う感覚に、ロンはあ、そうかと小さく溜め息をついた。
寝ていたのはハリーのベッドで。
一人分のスペースに二人で窮屈に寝たのだ。
そのハリーは、朝の庭掃除当番で既に外に出ている。
複雑な表情で、本来自分のものであるベッドを見る。
小さく寝息を立てる少女。
「・・・・なんだかなあ。」
仮にも男のベッドで、無防備に寝ないで欲しいよな。
きっと、男だなんて思われてないんだよな。
昨晩ハリーに、あんなのは女じゃないと自信満々に宣言したことなど棚に上げ、ロンは不満げに口を尖らせた。
「あらよっと！」
「アレ」と一緒にこの部屋に残るのは心臓に悪い。
手伝いを口実にハリーのところに行こうと、ささと着替えた。
部屋を出ようとして、ちらと目に入ってしまった。
わずかに半開きの桜貝のような唇が、気持ち良さそうな寝息を立てているのを。
んー
ロンは三回足踏みをした。
なんだかなー
ていうかさ。
悪いのは君だと思う。
うん。
そうだよ。
「貸し賃だよ。ハーマイオニー。」
たぶん、バチは当たるまい。
迷惑は、被ったんだから。
ロンは、掠めるようにその桜貝に唇で触れた。
「おはよう。ロン。」
庭の枯葉を集めながら、ハリーはにっこりと微笑んだ。
「いい朝だね。」
「う、うん・・・。」
少しだけ、後ろめたい。
「ロン。」
ふいに、呼ばれた。
「え？」
すっと、指を唇に突きつけられた。
「甘かった？」
「はい？」
「彼女にキスしただろ。」
ナンデシッテル！！！
見てたのか！？
そんな馬鹿な。庭は寮の部屋からは裏側だ。
それともまさか、いつの間にか新しい魔法を！？
「な〜んてね。」
ハリーは悪戯っぽく笑う。
「なんだ、してないのか・・・。」
少しだけ落胆したように、ハリーが言った。
もしかして、からかわれた！？
「ひどいよハリー！！！」
叫んでしまってから、自分の切羽詰まった声に慌てる。
これじゃ、しちゃったことバラしちゃってるじゃん。
しかしハリーは穏やかに笑うだけだった。
「ごめんごめん。」
そして、掃除の続きを再開した。
「終わった終わった。帰ろう、ロン。ハーマイオニー起こさないといけないしね。」
背筋をピンと伸ばして自分を促すハリーの背を見ながら、ロンの胸に唐突に疑念が沸いた。
「ハリー・・・？」
ハリーが起きた時、まだ僕はぐっすり眠っていた。
「なに？」
「まさか、君も・・・？？？」
「ん？」
意味深な笑みを浮かべて首を傾げるハリーに「う、ううん、なんでもない・・・。」
ロンが問いを口にすることはなかった。
了
2002/02/07