ロン×ハーマイオニー／りょく様
『Out of the mouth comes evil.』
「ねぇ、ハーマイオニー"が"冷やしてよ」
どうして、こんな事になったんだろう。
目の前にある、いつもの様子からは想像がつかないロンの表情――獲物を狩る獣の顔――に、私はそんなことを考えていた。
一体どうしてこんな事に――。
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バレンタインデーが近い、土曜の午後。
私とハリーとロンは、こんな時期に出されていた忌々しい宿題を、図書館で片付けていた。唯でさえ、苛ついているハリーとロンに、苦手なあいつら――ドラコ・マルフォイ御一行様が「口喧嘩」を吹っ掛けて来た。
勿論、最初は二人ともいつもの様に罵り合っているだけだった。
ところが、マルフォイの「穢れた血」発言に、私が何も言い返せないでいると、様子が変わってしまった。何処をどう間違ったのか、ロンと『決闘』となってしまったのである。
格好の良い所を見せたいらしいマルフォイの「君が得意なもので構わない」という発言が、彼に墓穴を掘らせる事になるとは、想像つかなかったらしい。
「わかった。チェスで勝負だ」
言われた後で、マルフォイの後ろでクラッブとゴイルが慌てている。曰く、「ロンのチェスの腕前は折り紙つきなんだってば！」とか「勝てる自信があるの！？」とかである。
「…うるさい！ 分かった、チェスで勝負だ！」
顔を真っ赤にしながら言った、マルフォイを見て、遠慮したほうがいいのでは？ と私が思っていると、ハリーも同様だったらしい。「ロンの勝利」を確信している目で、私に笑いかけた。
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真剣な顔のロン。
彼は、相手がどんなに弱いものでも、「真剣勝負」の場合は手加減しない。
長めの赤毛が、目にかかっているのに、それすら気がつかないらしい。ロンは、五年になってさらに身長が伸びた。それに伴い、髪の毛も伸びているのだが…彼はお構いなしらしい。折角のサラサラのストレートだというのに勿体無い。そう思っていることは、勿論彼は知らないだろう。
細い指が、慎重にナイトを動かした。
その指は、普段、身の回りの事に気を使わない彼が唯一手入れをしている指なのだ。彼曰く、「チェスの駒を扱うんだから当然の事」なのだが。指先に使う気をもう少し、他の事にも回した方が良いと思っているなんて、知らないだろう。
「…ぉ…ぃ…ハーマイオニーったら！」
ハリーの呼びかけに、はっと彼のほうを見た。
「一体どうしちゃったんだい？ ほら、もうすぐ『チェックメイト』だよ！」
誰が『チェックメイト』をするのかは言われなくてもわかっている。ロンだ。
「何を考えていたの…？ 顔が赤いよ？」
ハリーは無邪気に聞いてきたのだが、私の心臓はバクバク言っていた。私は口が裂けても言えないだろう。『ロンの事を考えていた』だなんて。
「う…ううん。何でもない。あ！ ほら…！」
『Check Mate！！』
ロンの静かだが、迫力のある声が静まり返っていた空き室に響いた。
その瞬間、どっと唸るような拍手と歓声が上がった。
悔しいらしいマルフォイは、クラッブとゴイルを引き連れ、ドスドスと音を立てながら空き教室を出ていった。それは、スリザリン生も同じである。ロンの方を見ると…。彼は揉みくちゃにされていた。ハリーは手を叩きながら「ロン凄いよ！ すっごくカッコよかったよ！！！」と、満面の笑みで言っていた。
暫くは近づけないなぁと思った私は、ロンの為にコーヒーを入れてくる事にした。
元々、私の所為でもあるんだから。そう言い聞かせて。
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「…？ あれ？ ロン、ハリーと皆は？」
コーヒーを淹れて帰ってきたら、皆はもういなかった。
「ハリーは、グィディッチの練習だって引きずられてった。皆は騒ぎを聞きつけたスネイプから逃げてった」
ぼそりと言った、ロンの台詞に、私は不思議そうに尋ねた。
「じゃぁ、どうしてロンは残っているの？」
この質問は、拙かったらしい。先ほどまであった、チェスに勝って喜んでいた素敵な笑顔が消えてしまった。何か悪い事を言ったというのは分かるのだが、何がいけなかったんだろう。ウンウンと唸っていると、溜息と共に次の台詞がロンから零れ落ちた。
「コーヒーを淹れに行ってくれてたんだろ？ 待ってなきゃ悪いだろ」
…？ え？ 何！？ 私を待ってくれていたの！？ 意味もなく、口をパクパクと魚の様に開けていると、やっと先ほどみたいに笑ってくれた。
そして、コーヒーを渡した私は、次の台詞で取り返しのつかない事をしてしまったのだ。
「あの『決闘』は私の所為でもありますからね。勝ったロンに、何でもいいわ。一つだけお願いを聞いてあげる」
「一つだけ言う事を聞いてあげる」でも同じ効果だったんだろうなと、後から思った。
「何でもいいのか？」
そう聞いてくるロンに、「モチのロンよ！」ときっぱりと言ってしまったから、後に引けなくなってしまった。
何しようかなぁと楽しそうに考えているロンが、一口コーヒーを飲んだ。その時である。
「うわぁっちぃ！！」
男なのに猫舌な彼は、息を吹きかけないで熱いコーヒーを口にしてしまったらしい。
「ちょっ！ 何してるのよ、自分が猫舌の事くらい覚えときなさいよ！！」
慌てて、魔法で火傷した舌を冷やしてあげようとした時だった。
「にやり」と笑ったとしか思えなかった。
コーヒーを机に置いて、空いた右手私の左肩に、左手が私の腰を抱きかかえていた。一体いつの間に！ 私の瞳を「じっ」と見つめる『いつもとは違う彼』は、こう言ったのだ。
「一つだけお願いを聞いてくれるって言ったよね？」
背が高くなって、彼を見るには、更に上を見なくては目線が合わなくなった。 首が痛いなぁと思いながら、何かヤバイと思いつつも、「言ったわ」と答えた。
「じゃぁ、お願いを今、聞いてよ。…ねぇ、ハーマイオニー"が"冷やしてよ」
どういう意味かまだ良く分かっていない鈍感な私に、彼はもう一度言った。
「ねぇ、ハーマイオニー"が"冷やしてよ」
サラサラの赤毛が私の顔にかかる。
私が欲しくても得られない、綺麗なストレートヘアーが目の前にあった。
いつもの無邪気な笑顔とは違う、男らしい、精悍な笑顔がそこにあった。
私が好きな、彼の顔が――そこにあった。
近づいてくるロンに、私は抵抗をするのを忘れたかの様に、瞳を閉じた――。
"Out of the mouth comes evil."とは、よく言ったものである。
了
おまけ。
「ねぇ、バレンタインデーに赤い薔薇を頂戴よ」
ロンは、満面の笑み（ただし黒い矢印の尻尾つき）で言った。
「はぁ？ どっどどどどどうして！？」
私は、先ほどの事もあって、ドモリっぱなし。顔はロンの髪の毛宜しく真っ赤だろう。
「ちゃんと、贈り物はするから」
ロンが言った『贈り物』。それは、私をとても喜ばせる物だった。
綺麗な、珍しい石で出来ているチェスの駒。
"Queen"であった。
「これって、僕は３つしか買えなかった。一つは僕の騎士。二つ目はハーマイオニーにあげた女王。…そして、ハリーの誕生日にあげた王様！ 情けないだろ」
「情けないだろ」と言いつつ彼は、満面の笑みで、誇らしげに言ったのである。
私は嬉しかった。
女王の駒をくれた事じゃない。大切な宝物を私と、そして大切な親友である、ハリーにプレゼントしてくれた事に。大切な「人」だと認められたようで、嬉しかった。
これと同じものを持っている私たちは、きっとどんな事があっても『一緒』なんだと。
私は思い出した。
ハリーを守ろうとしている、あの不器用な大人たちが昔交わしただろう約束が、同じ様なものだった事に。
了
2002/02/16