ハリー×ハーマイオニー
『二人羽織』
「あれ？ ロンは？」
図書室で待ち合わせをしていたハーマイオニーは、クィディッチの練習を終えてからきたハリーの姿に嘆息する。
「そのままの格好で来たの？」
「かなり遅れたから、これ以上待たすのも悪いかと思ってさ」
ハリーはファイアボルトを机に立てかけ、再度「ロンは？」と首をかしげた。
もともと、ここへはロンと待ち合わせをしていたのだ。ハーマイオニーも呼んだのは、仲間はずれにするつもりがなかったから――ではなく、アドバイスしてもらう人間が必要だったからだ。
ハリーはハーマイオニーのとなりの椅子に腰をおろした。
「トイレ？」
「ぶー。マクゴナガル先生に呼ばれて行っちゃったわよ。補習ですって。――はい」
ハーマイオニーは、机の上に置いてあった麻の袋をハリーの前に押し出した。
「ハリーが来たら二人でやっててくれって言ってたわよ」
「ふうん……」
ハリーは縛ってあった紐を引き、中に入っていたものを取り出した。
「これがそうなんだ……」
袋の中にはビニールのポンチョに食器、口紅、手鏡などが詰め込まれていた。四つ折りになった紙を取り出し、説明書だろうか、ハリーはそれを開いて目を通しながら頷いたり唸ったり首をかしげたり。
ハーマイオニーは読んでいた本を閉じた。
「ハリー、一体なんなの、それ」
ハリーはにっこりと笑った。
「かくし芸で使うんだ」
九月。
グリフィンドール寮の新入生歓迎会は上級生が企画を行う。そこで、各自が芸を披露することになったのだが、それには魔法を使ってはいけないという決まりがあった。
「それで？」
ハーマイオニーは首をかしげる。
「二人羽織……？」
「アジアの芸らしいんだ。二人で一緒に何かをするんだって。その練習をしようと思っていたんだけど……。ロンがいないんじゃ、意味がないよ」
「いいじゃない、付き合ってあげるわよ。とにかく、一緒にやってみましょう」
「……そうだね」
二人は立ち上がり、ポンチョを広げる。ハリーが首をかしげた。
「これを……どうするんだって？」
「ハリー、あなた説明書見ていたでしょ……？」
「うん。見ただけ」
「もう！」
ハーマイオニーはハリーの手から説明書を奪い取る。
「せめて防具くらい脱いだら？」
「うん」
ハリーは素直にうなずき、クィディッチの防具をひとつずつ外していく。最終的に、ズボンと内着一枚になった。
「う……」
ハリーが眉をひそめる。
「汗が冷えて寒い」
「馬鹿ね！ 着替えてくれば良かったのに」
「そういうことは１０分前に言ってよ」
「はいはい。そのままだとかえって風邪を引くわよ。早く脱いじゃいなさいな」
まるで姉か母親のような物言いに、ハリーは溜め息をつきながらも素直に従った。
上半身裸になったハリーは、上着の変わりにポンチョを羽織る。
ハリーは、ハーマイオニーが説明書を頭の中に叩き込むのを待っている間、先ほどまで彼女が見ていた本を開いた。
「……」
が、５秒もしないうちに溜め息をついてそれを閉じた。
「こんなのばっかり読んで……もう少し恋愛小説とか読みなよ」
「え？ 何か言った？」
「なにも。それでわかったの？」
「ええ、完璧」
ハーマイオニーは机の上に食器を並べ、椅子に座った。ハリーを手招く。
「ハリーは後ろにきて」
「え？」
「いいから！ 後ろにきて、ポンチョの中に私を入れて」
「え」
「ハリーは手を出して。頭は私が出すの」
「えええと……僕は前が見えなくなるんだけど」
「いいのよそれで。ほら早く」
急かされるまま、ハリーは溜め息をついてそれに従う。ハーマイオニーの後ろに回ると、ポンチョの裾を広げて、ハーマイオニーの頭上からかぶせた。上手く頭を出すところに誘導して、顔を出す。
「……よし！」
ハーマイオニーは満足そうに笑い、ハリーは居心地が悪そうにもぞもぞと動いた。左右から生えた手が置き場に困って案山子状態になっている。
「ハリー、もっと前にきてよ。それじゃ出来ないわ」
「……で、でも」
「いいから。私の身体になったつもりでくっついてよ。これって、後ろの人間が前の人の手になって食事をしたり化粧をしたりするんだから」
「……知らないからな」
え、とハーマイオニーが問う間もなく、ハリーの体がハーマイオニーを包んだ。
「――！」
ビク、とハーマイオニーは緊張する。
「……」
「それで？ ハーマイオニー」
頭の後ろからハリーの声がして、ハーマイオニーはますます身体を硬くした。
「ハーマイオニー？」
「なななな、なんでもないのよ」
「なななな、なんでもあるでしょ」
ハーマイオニーの真似をして、ハリーはくすりと笑う。当然、ハリーは自分の腕の中にある身体が緊張して硬くなっていることを感じている。ハリーは、左右に出した腕で、そのままハーマイオニーを抱きしめた。
「きゃあ！」
ハリー！ とハーマイオニーは叫んだ。
「何？」
「ななな！ 何って！」
ハーマイオニーは顔から火が吹けそうなくらいに真っ赤になる。
ハリーはビニールごしにハーマイオニーの頭上に口づけた。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょ！ ちょっと待って！！ 逆！ 逆に――逆にしましょう！！」
「……」
沈黙が怖い、とハーマイオニーは目をつむる。だが、自分を抱いていた腕が緩んで、するりとハリーの身体が離れると、安堵するより脱力してしまう。
ハリーは立ち上がってハーマイオニーの頭を抜いた。
「だから言ったのに」
ポンチョを傘のようにして、ハリーがその中で溜め息をついた。
真っ赤になったハーマイオニーは、顔から湯気を出しながら、頭上のハリーを睨む。
「ばかっ」
「はいはい」
ハリーは肩をすくめた。
「ハーマイオニーったら、僕が男だってぜんぜん自覚がないんだもん」
「そ……それは、わかっているわよ」
「そうだね、やっと気づいてくれたみたい」
ハーマイオニーの顔がまた紅潮する。それを見るハリーの顔は冷ややかだ。
「ハーマイオニーにとって、僕は男じゃなくて、ただの友達なんだよね」
「そんなことない！ ちゃんと男の子だってわかっているわよ」
「いや、わかってない！」
ハリーはハーマイオニーを睨む。
「もしも今のが僕じゃなくてほかの誰かだったらどうなっていたと思う？」
「……」
「迂闊すぎるんだよ、ハーマイオニーは」
「……」
しゅん、とうなだれた少女を見て、ハリーは溜め息を吐く。
「まあいいや。とりあえず、今度はハーマイオニーが後ろでやってみよう」
ロンとやるときには絶対に自分が後ろだ、と決意しながら、ハリーは椅子に座り、頭を出す代わりに腕を抜く。
ハーマイオニーはハリーの後ろに回り、ポンチョの裾を持ち上げて入ってきた。
「ハリーのせいで顔が熱くなっちゃったじゃない」
「それはすみませんでしたね」
ハーマイオニーはハリーの後ろ髪を引っ張った。
「反省の色がない！」
「はいはい」
いつもはハーマイオニーのほうから抱きついてくるくせに、とハリーは思う。
それでも、素直に謝ってしまう。
「すみません……もうしません」
「よし」
ハーマイオニーはにっこりと笑い、ポンチョに袖を通した。
「さあ、やるわよ！」
ハーマイオニーはハリーの背中にもたれかかって机の上に手を伸ばした。
「――っ！」
ハリーが、声にならない悲鳴をあげる。
ぽよんと。
ぽよんとしたのだ。
「はははは！ ハーマイオニー！？」
「え！ なに？」
一オクターブ高い声で叫ぶハリーに、ハーマイオニーは暗闇のなかで動揺する。
ハーマイオニーは椅子に座ったハリーの背後にピッタリとついて、手を動かしている。ハーマイオニーの身体は、ハリーの背中に密着していて。
もぞもぞと動く度に、背中についた二つの塊が動くのがわかる。
「ハーマイオニー、動かないで！！」
今度、真っ赤になったのはハリーのほうだった。
「何よ」
「とと、とにかく、いいからハーマイオニーはそのまま動かないで！」
「変なの！」
ハーマイオニーは両腕をハリーの首に回し、ギュッと抱きついた。
むに。
「〜〜〜〜！！！！！！」
うわーうわーうわーーー！！と、声にならない悲鳴をあげて、ハリーはうつむく。
もう立てない、と思った。
いや、勃ってはいる――。
じゃなくて。
――これはハーマイオニーに言ったほうがいいのか！？
「ねえちょっと、どうしたのよ、ハリー」
むにむに。
「…………」
柔らかいのが、気持ちいい。
正面から抱きつかれたときにはこんなに感じないのに、背中だと――。
塊が。
――こんなにはっきりとわかるんだ――！
感動しつつ、ああどうしよう、とハリーは真剣に悩んだ。
了
2003.06.11