ハリー×ハーマイオニー
『木漏れ日』
木曜の午後。
その時間は、ハーマイオニーにとって特別だった。なにしろ、１に勉強、２に勉強、３、４も、５も６も、１０まで勉強かよ、という、とにかく勉強が大好き我らがハーマイオニー・グレンジャー嬢が、珍しく授業をとっていないのだ。
ちょうどその日、午後の授業が自習になった僕たちがハーマイオニーと合流しようと思ったのは特に珍しいことではなく。
ただ、僕たちは、この時間、彼女がどこにいるのか知らなかった。どうせ図書室にでもいるのだろうと、そう思っていたのだ。
実際、談話室にいたラベンダーにハーマイオニーの姿を見なかったかと聞けば、本を持って出て行ったという答えが返ってきたのだが、図書室にハーマイオニーの姿はなく、また、この時間はいつも来ていないという。
僕たちは予想外の出来事に顔を見合わせることになる。
ロンが眉をひそめた。
「あいつ、どこにいるんだ？」
「またこっそり隠れて特別授業とか受けているんじゃ……」
「ありえるね」
僕たちは頷いた。
そうして、ロンと分かれて「ハーマイオニー大捜索」が始まったのだった。
以前、同じように姿が見えなくなったハーマイオニーを探すのに、アクシオを使って彼女ごと呼び寄せて大目玉を食らってしまったことがある。
「私は物じゃないのよ！？ 何を考えているのよ！」
お手洗いにいたらどうするつもりだったの、と言われて言葉もない。
僕は溜め息をつくと、地道にハーマイオニーの姿を探すことにしたのだが、１０分後、早々に見切りをつけることになる。
授業がつぶれても、ハーマイオニーの姿を探して校内をうろついているのでは、自習になったと喜んだ意味がない。
捜索はやめて、昼寝を選択。
日当たりのいい場所を探していた僕は、そこで目的の人物を見つけることになった。
ハーマイオニーがいるのは、回廊から死角になっている中庭の木の裏だった。飼い猫とともに日向ぼっこ……というよりも、思いっきり昼寝をしている。持ち出したという分厚い本は枕になっていた。
近づく僕に気づいたのはオレンジ色の猫だった。鮮やかな毛並みが揺れ、耳が動く。
「やあ、クルックシャンクス」
声を抑え、僕は猫に向かって微笑んだ。主を起こしていけないと思っているのか、クルックシャンクスは黙ったまま見上げてくる。
栗色の髪がふわりと揺れた。ハーマイオニーが目を覚ます様子はなく、本当に気持ち良さそうに眠っている。木の根元に小さな目覚し時計が置いてあり、ちょうど次の授業の十分前にセットしてあった。
どうやら、木曜日の午後はいつもここで昼寝をするのが習慣になっているらしい。
彼女の秘密を一つ知ってしまった気がして、なんだか嬉しくなる。
僕はそっと息を吐いて、ハーマイオニーのとなりに腰をおろした。懐から手帳とペンを出し、ハーマイオニーが見つかったことをロンに知らせる言葉を書くと、切って折りたたんだ。
「クルックシャンクス、ロンに届けてくれる？」
猫は僕を見上げたあと、同意するように尻尾を軽く振った。差し出す紙を口に咥えると、軽快な足取りで校舎に向かっていく。
「ありがとう」
後姿を見送って、視線をハーマイオニーに向けた。
心地よい風に彼女の髪が揺れている。微かな木陰。日差しはとても柔らかく、まるで暖かい手に包まれているよう。ホグワーツでは昔からこういう日差しを創設者のひとりヘルガ・ハッフルパフになぞらえて「ヘルガの抱擁」というらしい。ハーマイオニーの表情も、乾したばかりの布団に寝ているかのように気持ちよさそうだ。
また夜遅くまで勉強していたにちがいないと呆れつつ、そこがまた彼女らしいと微笑ましくもあり、彼女を見ていると自然と笑いが漏れてくる。
手を伸ばし、ハーマイオニーの口に入った髪を取ろうとした。
「ん……」
目の上に出来た影に、ハーマイオニーが微かにうめく。起こしてしまったか、と手の動きを止めて数秒、寝息は再び穏やかなものとなった。
ふう、と息を吐いて、ハーマイオニーの髪にそっと触れて、脇に流した。
「……ハーマイオニー……？」
小さく呼びかけると、微かに返事が返ってきた。
「ん……」
「ハーマイオニー」
「ん……ん……」
起こすつもりはないのだけれど。
このまま寝かせておいてあげたいのだけれど。
なぜか彼女の反応が知りたくて。
「ハーマイオニー」
そっと、右手を彼女の頬に伸ばして包むように触れる。
ふにゃあ、と猫の子のように鳴いて、ハーマイオニーの目が薄っすらと開いた。その目は、上から覗き込んでいる緑の瞳を捉えているはずだった。
「起きた？」
眩しそうな顔をしてハーマイオニーが右手をあげるから、その手をとって彼女を起こした。
「……朝……？」
「ちがうよ」
寝ぼける彼女を笑い、ハーマイオニーの両手を取って、自分の頬に当てる。
「僕だよ、わかる？」
「ん……ハリー……」
ふらふらとハーマイオニーの身体が揺れたかと思うと、僕のほうに向かって倒れてきた。
「ちょ！ ハーマイオニー！？」
頬の横を腕が通り、僕にしっかりと抱きつく状態になったハーマイオニーが凭れたままずるりとくずれ落ちていく。
「もう少し寝かせてぇ……」
「ハ……、ハーマイオニー」
「お願い……」
ハーマイオニーは糸が切れたかのように再び眠りの中に入ってしまった。
「……お願いって……」
彼女を起こすのは簡単だ。「授業がはじまる」と一声かければいい。
「……」
崩れ落ちそうな彼女の身体を支え、軽く抱きなおした。
柔らかい感触は、明らかに男性とは違っていた。
小さくて。
軽くて
細い。
肉付きもそうだが、骨格が明らかに違った。
女の子――なんだと、強く意識させられる。
側にいると気づかないのに、こうして触れていると、その違いは明らかだ。
「まいったな……」
彼女の体温が気持ちいい。――なんでこんなに暖かいんだろう。
すっかりマクラだと思われているのか、気持ちよさそうな寝息が聞こえてくる。ハーマイオニーに女性としての自覚がないのか、僕が男性と思われていないのか――そのあたりがなんとも微妙なところだ。
「いや……」
第３の可能性もある。
ハーマイオニーが、相手を僕と自覚した上で誘っている――。
「……」
ありえないな、と苦笑をもらしながらも、もう少しだけ強く彼女を抱くと、そっとハーマイオニーの頭に頬をつけた。
「そんなに無防備だと、どうなってもしらないぞ」
ここにいることをロンに教えるんじゃなかった、と後悔したがもう遅い。きっとあと五分もしたらここへ来てしまうだろう。
今、ハーマイオニーが目を覚ましたらどんな反応を示すだろう。
ロンが来る前に起こさなくちゃ……。
でも。
「ハーマイオニー」
日向の匂いがする髪に顔を埋めると、時々すれ違うときに香るリンスの匂いがした。どうして髪の匂いはこんなにも欲情を誘うのだろう。
もう少し、このままで――。
心が満たされるように温かくて、祈るように彼女を抱きしめると、愛しさが込みあげてくる。
このまま誰にも渡したくない――そう思った自分に驚いてしまう。
そんなことは不可能だとわかっているけど。
でも。
暖かいから――。
心地いいから――。
お願いだから――。
「ハーマイオニー」
もう少し、僕だけの君でいて。
了
2004.12.01