ロン×ハーマイオニー／りょく様
『Please do not deprive us of the sun. The sky sure clears up.』
窓から見える空は、黒い雲で覆われ、重くよそよそしい。
この国では珍しいほどの水量を誇るどしゃぶりがホグワーツ魔法学校を襲い、校舎の中に閉じ込められた生徒たちは窮屈そうである。
――いや、窮屈なのは何も雨だけの所為ではない。
壁に掛る絵画の中の人物や、浮遊する幽霊たちもひそひそと物陰に隠れ声をすぼめる。
中には既に逃げ出す算段をしている者もいるのだろう。ちらほらと荷物を纏めだした絵もある。
とうとう魔法学校が閉鎖されるのだ。
名前を言ってはいけないあの人――最早そんな隠語も意味が無い。何故ならウォルデモート卿は復活したのだから。
大人たちが必死に隠してきたものも、全ては暴かれた。
――だから、最初から言ってたじゃないのっ！
外の景色を厳しい表情で見ていたハーマイオニーは心中で悪態をつく。いらだつ彼女が癖の様に頭に手をやると、ばさりとタオルが落ちてきた。
「何て恰好してんだよ、ハーマイオニーっ」
ラフな部屋着に着替え、ポカポカと湯気を上らせているこの男の名前は、ロン・ウィーズリー。監督寮生にも為ったのに、部屋にはグディッチの有名選手のポスターが貼られ、部屋の片隅に追いやられたバスケットからは洗濯物が乱雑に投げ込まれている。机の上にうず高く積み上げられた教科書類に、胡乱気な怪しい品の数々。そして、掃溜めに鶴の様な、一点ものを思わせる見事な大理石で作られたチェスセット――昔、ドラコ・マルフォイから賭けチェスでぶん捕った――が部屋の中央で鎮座していた。そう、この部屋の主である。
上目使いでロンを睨むも、ハーマイオニーのその視線には耐性があり過ぎるのか、「タオルは洗濯されているってば。清潔なやつだぞ！」と気にもせず濡れ鼠な彼女をわしわしと豪快に拭いだす。何でそんな恰好なのかは尋ねない。どうせ聞いた所で答えはしないことを知っているのだ。
「わっちょっ……ちょっと待ってよっ」
「待てとか言っている場合か。お前、どうやってこの部屋≪男子監督寮生室≫まで侵入を果たしたんだ？」
――女性が『こんな時間』に男性の部屋にやって来たことへの注意は無いのか！
ハーマイオニーは口に出しはしなかったが、ぶすっとした表情でロンからタオルを奪うと、「自分で出来るわよ」と反論するに止まった。
肩を竦めたロンは、がさごそとクローゼットの中を漁ると、『洗濯してある』ハーフパンツとTシャツとネルシャツを見つけ出し、ハーマイオニーに投げ渡す。
「……我が家に服のセンスを求めるなよっ」
赤い顔で服を渡すロンの行動にきょとんとした顔で見つめ返すハーマイオニー。
まるで分かっちゃいない。
「えっ……これ……」
「濡れたままだと風邪をひくだろう？今ならまだ俺に使用権あるからさっさ風呂に入って来いっつってんだよ……ったく。後で『ロン・ウィーズリーは長風呂なんですねー』って揶揄されるんだろうけど」
最後はチャカしつつも、瞳は優しく笑っていた。
ポンッと投げ渡された浴室の鍵をぎゅっとハーマイオニーは握り締め、ボソッと感謝を言葉を零した。
「……ありがとう」
「いーえ」
返された言葉があまりに近くで聞こえたので、驚いて俯けていた顔を上げると、身体を覆うようにしてロンがハーマイオニーに身体を寄せていた。
ほんのりと上気した肌はしっとりとして、暖かな湯気を上らせている。
すっかりグディッチの選手らしくなった身体は引き締まっていて、大きくがっちりしている。
それでいて、愛用のチェスをする為なのか、手の手入れだけは欠かさないこの男は、そこらの女性の指先よりも綺麗だったりする。
額に掛る真っ赤な髪はサラサラのストレートで、柑橘系のシャンプーの匂いがした。
「……あいつの様子は、そんなに駄目、か？」
このロマンチックともいえる状況に、しかし、ロンは甘い言葉を紡がず共通の親友の心配事を口にした。
首を振って答えとしたハーマイオニーもそれは同じ事。
「駄目……全然手がつけらんない。何を言ったら良いのか……」
唇を強く噛み締めた為か、赤く色付いている。
握り締めたロンの拳も、細かく震えている。
心配で堪らないのだ。奪われ続ける親友に、一体何て声を掛ければ良いというのだ。
力の無い自分たちを歯痒く思いながらも、それでもロンもハーマイオニーも誓うのだ。
“いつも、君の側にいる”――と。
自分たちだけは、彼から離れてはいけないのだと思うから。
ふうっと溜息を零したロンは、そっとハーマイオニーの額にキスをして、「呼び止めて悪かった」と謝罪する。
部屋を出て行こうとして、ふとハーマイオニーは振り返る。
この部屋の提供をするロンが、夜に未婚女性と一緒の部屋にいるのは不味いという、紳士的精神を発揮させて、友人の部屋に転がり込む準備をしていると、弱々しく尋ねられる。
「大丈夫よね？私達」
不安を隠せなく為っているハーマイオニーに、ロンはこの最悪な状況下で、それでも力強く言い切った。
それは、嘗てロンが親友――ハリー・ポッターに言われた言葉だ。
「The sky sure clears
up.《上がらぬ雨など存在しないよ》」
それは『願望』だと言われても、ロンは構わなかった。
今は――今だからこそ、ハリーが言ったこの言葉を、自分たちも信じていたいと思うから。
《fin.》
……りょくさんのコメント……
タイトルの“Please do not deprive us of the sun.
The sky sure clears up.”
は、あえて訳するとするなら、『僕らから太陽を奪わないで。上がらぬ雨など無いのだから』って所でしょうか。
2007/07/03