シリウス
『休日』
休日の昼食後は、大広間はそのまま巨大な談話室へと変わる。各寮の談話室をそのままあわせたようなものなので、自然と賑やかになるが、その中で静かに手紙を読んでいる親友を見つけて、ジェームズ・ポッターは目を丸くした。
シリウス以外にも手紙を開いている者が多いため、ジェームズがトイレで抜けている間にフクロウ便がいっせいに届いたのだろう。
珍しい、と思いながら、ジェームズはシリウスの隣に座った。
「シリウスが手紙を読んでる」
「あ？ いつも読むだろうが」
シリウスは手紙に目を通したまま――最初から読み直している。
それもまたひどく珍しいことだった。
ジェームズはシリウスの手元を覗き込んだ。覗き込まれて困るものなら、シリウスは最初からここで広げたりはしない。
書かれている文字は柔らかく滑らかで、明らかに女性からのものだった。母親――ではないことはシリウスの表情を見ればわかる。
「訂正。シリウスが女の子からの手紙を読んでる」
「ああ……」
いや、とシリウスは眉をひそめた。
「女からの手紙だっていつも読んでるだろうが」
「そう？ そんなに嬉しそうに読んではいないけどな」
ジェームズはニヤリと笑った。
「シリウスにそんな顔をさせるなんて、誰だろう。気になる気になる気になる」
「ばっか、そんなんじゃねえって」
シリウスは便箋を封筒にしまうと、封筒でペシッと親友の頭を叩いた。
シリウスは、ス――と立ち上がると、背後に向かって声を上げた。
「レギュラス！」
低くも高くもない、だが落ち着いてよく通る声に、大広間がシンと静まり返った。視線はシリウスへと向かい、次に彼が呼んだ――レギュラス･ブラックへと向かった。
「……なに」
シリウスの視線の先で、細身の学生が眉をひそめた。黒い髪に灰色の瞳は兄と同じだが、体格は兄ほど恵まれてはいなかった。容貌も血を感じさせるほど似ているが、シリウスが男性的な魅力の持ち主である一方、レギュラスは中性的だ。スリザリン寮特有の、いかにも神経質そうで、見るからに貴族的な雰囲気を放っている。
レギュラスが兄の行為を「迷惑」と思っているのは誰の目にも明らかで、不機嫌さを隠そうともしない。
「――なに」
もう一度問うと、シリウスは口元だけに笑みを浮かべた。
「アンから手紙」
その言葉に、レギュラスが立ち上がった。
シリウスは右の人差し指と中指の間に手紙を挟み、一度手首を引き寄せてから、素早く振った。手紙は風を切って高速で回転しながらナイフのような鋭さを持ってレギュラスに向かう。
グリフィンドールとスリザリンの間にある寮の生徒が軽い悲鳴を上げた。
レギュラスの周囲の者も身を縮めるが、レギュラスは眉一つ動かさずに、片手でそれを受け取った。
「お見事」
ジェームズが口笛を吹いた。
レギュラスは手紙を開く。最後まで目を通し、視線を兄に向けた。
「行けるの？」
「ああ」
「わかった」
手紙は一通だが宛名は二人分、シリウスが先に読み、必ず弟も読むように、返事はレギュラスが出すようになっていた。
レギュラスはそのまま手紙を制服のポケットにしまって腰をおろした。――それを合図とするかのように、二人の兄弟を見つめていた者たちはいっせいに息を吐いた。
グリフィンドールとスリザリン。互いに蛇蝎のごとく反発しあう寮に分かれてしまった兄弟は、それゆえに、人気のないところで話し合うことは決してなかった。
大広間は、十秒もしないうちに元の喧騒を取り戻していた。
レギュラスは目の前に広げていたレポート用紙に筆を走らせると、静かに立ち上がった。
ジェームズは、大広間を出て行くレギュラスを横目で見送り、マグル製品の本を広げているシリウスの横顔を楽しげに見つめた。
ジェームズが記憶するかぎり、シリウスが手紙を貰って嬉しそうな顔をするのは、叔父のアルフォードと年上の従妹アンドロメダからの手紙だけだ。
「来週？」
ジェームズが小首を傾げると、シリウスは長い前髪を鬱陶しそうにかき上げた。
「ああ。誕生日らしい」
「アンドロメダさんの？」
「……」
シリウスはガックリとうなだれた。
「なんであいつの誕生を祝いに、俺たちが行くんだよ。娘だよ娘。誕生日会を開くんだと」
「それで強制参加なわけだ」
「ホグズミードまで出てくるから来いとさ」
「なるほどね。楽しんでおいで」
「チッ。子守りで楽しめるかよ」
「いやいやいや、嘘を言ってはいけないよ、シリウス君。子守りをするのはレギュラス。君はアンドロメダさんの使いっぱしり」
「あん？」
「買い物の荷物持ちとみたね。だって、ホグズミードでしょ？」
「……」
黙りこんだシリウスの向かいで、プ、と吹きだしたのは今まで傍観していた少年だった。淡い髪が揺れて、柔らかい目元が可笑しさを堪えようと必死になっている。
「てめ……」
頬を引きつらせるシリウスに、リーマス・ルーピンは「ごめん」と謝り、次いで我慢が出来ずに吹きだした。
リーマスのとなりで、金髪の小柄な少年ピーター・ペティグリューも笑い出す。
シリウスは頭をかきむしった。
「ああもう、行かねえ！ おい！ レギュラス！」
ホグズミード行きはキャンセルだ、と口にしようとしたシリウスは、弟の姿を探して瞬いた。
「あれ？」
ジェームズが吹きだした。
「レギュラスなら、もう出しに行ったよ」
「なにぃ！」
「だって、さっき一度行くって言ったじゃない」
「だからってすぐに出しに行くやつがあるか！ まだ間に合う、止めて――」
シリウスは慌てて弟の後を追った。
フクロウ小屋まではけっこうな距離があるのだ。今走っていけば途中で止められるはず――そう思った彼の視線が、大広間の入り口から入ってくる弟を見つけて輝いた。
「レギュラス！ 手紙は――」
「もう出したよ。行くんだろ」
「……」
背後で盛大に吹きだす声がした。次いで爆笑。
「ジェームズ！ てめぇっ！」
シリウスは振り返って叫んだ。
レギュラスが不快げに眉をひそめた。
「……なに？」
「〜〜〜〜！ なんでもない！」
シリウスは、踵を返した。
大爆笑となったグリフィンドールの一角で、シリウスは親友の胸倉を掴んで叫んだ。
「お前たちも来い！ お前たちも！」
レギュラスは、だいたいの事情を察して溜め息をついた。
久しぶりにうるさい休日となりそうだった。
了
【親世代好に57のお題／006】
2005.03.16