同年代設定
『関係』
銀色の髪がなびく。
歪みのない真っ直ぐな髪。歩くだけでさらさらと音が鳴るその髪に、ヘルガは目を奪われる。
「ヘルガ」
ロウェナ・レイブンクローが振り返って笑った。そこに浮かぶのは見惚れるほどの優雅な笑み。
青い空のような綺麗な瞳でヘルガを見つめてくる。銀髪の美少女は、ヘルガを見て「ふふ」と笑った。
ヘルガはそれを見て、また「綺麗だな」と思うのだ。
ヘルガは、はじめて彼女を見たときから、その美しさに心を奪われてしまったのだった。
それは三年経った今でも変わらない。
「どうしたの？ またボーっとしているわよ」
「うん……！」
また、という言葉に少し赤面して、ヘルガは彼女に走り寄った。
ロウェナはヘルガの可愛らしい姿に「子犬のよう」と目を細めた。
ロウェナは、自分を猛禽類に例えたら、ヘルガは小動物系だと思う。声も可愛いが、仕草や行動がとにかく可愛い。髪が広がってしまうからと、波打つ柔らかい髪を左右でみつあみにしてしまっているのが惜しいくらいだ。
ヘルガがとなりに並ぶと、ロウェナは彼女をギュッと抱きしめた。
「本当にかわいいわっ！」
１４歳にて１６０センチを越す勢いのロウェナに比べて、ヘルガは１４０センチしかない。成長すれば、その差はもっと広がるだろう。
「ああもう、なんて可愛いのっ！」
「ロ！ ロウェナっ！？」
わたわたともがく姿がさらに可愛い。
ロウェナはますますキューンとして、ヘルガを強く抱きしめると、「かわいいかわいい」を連呼しながら頭上にちゅっちゅと口づけた。
「食べてしまいたいわ〜！！」
「ロウェナ〜ぁ」
ヘルガは困ったように微苦笑をもらした。ロウェナには自分が幼児のように見えているに違いない。
困ったな、とヘルガが思ったとき――。
「……何をやっている」
頭上から、ボソリと低い声が響いた。
「通行の邪魔だ」
回廊の中央でじゃれる二人の背後に、いつの間にか黒髪の少年が立っていた。
ロウェナが鋭い視線で睨んだ。
「うるさいわね。無愛想男」
ヘルガは頭上から睨んでくる――本人はごく普通に目を向けているだけだが――深い緑色の視線にドキリとした。
ヘルガの緊張を感じたロウェナが、大げさに「ほら！」と叫んだ。
「ヘルガが怯えるからあっちに行きなさいよ」
「……」
少年は無言のままヘルガを見つめた。
ヘルガもロウェナの腕の中から少年――サラザール・スリザリンを見上げた。
背丈はロウェナよりも少し高いくらいで、彼女と同じように癖のない真っ直ぐな髪をしている。だが、その色は対照的に黒い。いつも不機嫌そうな表情で、そしてすごく眠たそう、とヘルガは思う。
それでも、彼を怖いと思わないのは、目を奪う秀麗な容貌だけでなく、その瞳がすごく綺麗だからだ。
ヘルガは真っ直ぐにサラザールを見つめ、サラザールもまたヘルガを見る。
先に視線をそらしたのはサラザールのほうだった。背後からサラザールを呼ぶ声がしたのだ。
「サラザール！」
明るい髪の色の少年が駆けて来る。その瞳は、炎のような銅色。日に焼けた健康な肌。
「忘れ物！」
右手を上げ、ダダダダダ、と全速力で駆けてきた少年は、肩で息をしながらサラザールの目の前に右手の拳を差し出した。
「……？」
サラザールが怪訝な顔でその拳を見つめる。
ロウェナが首をかしげた。
「ゴドリック？ なんなの？」
「あ、あれ！？ ロウェナ！」
ゴドリック・グリフィンドールは、ビシ、と背筋を伸ばして頬を染めた。
「どど、どうしてここにいるの」
「サラザールと愛を語っていたの」
「ええっ！」
ゴドリックが叫ぶ。
ゴドリックの身体が傾き、サラザールの身体に隠れたヘルガを見つめた。
そうなのか？と確認してくるから、ヘルガは笑いを含ませた表情で首を横に振った。
からかわれたと知った少年は、ただ安堵に胸を撫で下ろした。
ヘルガはくすりと笑う。ゴドリックがロウェナを好きなことは、おそらく初対面の者でも察することが出来るだろう。
ヘルガは首をかしげた。
「ゴドリック、忘れ物って？」
「あ。忘れてた！」
はい、とサラザールに向かって差し出した拳をゴドリックは開く。
「……」
それは手のひらで動いていた。
「……」
サラザールは無言でそれを見つめ、ロウェナが一歩退く。
瞳を輝かせたのはヘルガだった。
「蝶の幼虫！ サラザールのなの？」
サラザールの顔が引きつった。表情が３割増しで険悪になる。
「そうだよ！」
元気に答えたのはゴドリックだった。
「サラザールの机の上にいたんだ！」
ロウェナはすっかりヘルガを盾にしている。「し、ん、じ、ら、れ、な、い！」と、いも虫を落し物だと運んできた目の前の馬鹿を見つめる。
驚かせようと持ってきたのならまだわかるが、本当にサラザールの忘れ物だと思っている。どこをどう見て、どう考えて、この仏頂面で鉄仮面で悪人面の男が、虫の幼虫を愛するような人間に見えるというのか。
サラザールは否定するかわりに、ぼそりと一言呟いた。
「それはお前にやる」
「え！ 本当に！？ いいのか！？」
ゴドリックが飛び上がった。
何でこの男、喜んでいるの！？ とロウェナは悲鳴をあげる。
「わあ、いいなあ〜」
ヘルガの口からうっとりした声が漏れ、驚いたのはロウェナとサラザールだった。今、なんて？ と瞬く。
「ロウェナ、これ、すごく綺麗な蝶になるんだよ〜！！」
「……そ、そうなの？」
ロウェナは背筋を伸ばした。
「うん！ でも育てるのが難しいの！」
「へえ……」
ヘルガにしっかりとつかまりながら、ロウェナはゴドリックの手の中でもぞもぞと動いている物体をこわごわと見つめる。
「……」
「羽がすごく綺麗なの〜！」
「そ……そう」
じー、と虫を見る青い瞳の緊張がかすかに緩む。
「それは……ちょっと見てみたいわね」
「でしょ？」
きゃっきゃと楽しそうなヘルガに、ロウェナも微笑む。ロウェナは表情を改めて、ゴドリックに向かってにっこりと微笑んだ。
「ゴドリック、ぜひ羽化させてちょうだいな」
「うん！」
ゴドリックの表情がこれでもかというくらいに明るく輝いた。
「そのときは絶対に呼ぶから！」
「お願いね」
「まかせて！」
ロウェナはにっこりと笑んだ。
「それじゃあ、お先に」
ヘルガの腕を引いて、ずんずんと歩いていくロウェナの後ろ姿をうっとりと見つめる少年は、ふと、となりで立ち尽くす少年を見上げた。ゴドリックの身長は、どちらかといえばヘルガに近い。
「サラザールも羽化するところが見たいだろ？」
「いや……」
「遠慮するなって！ 呼ぶからさ！！」
「いや……」
「まかせてくれよ！ ちゃんと育ててみせるから！」
サラザールは、否定するのを止めてうなずいた。
「……頼む」
「おう！」
のちに「馬鹿は嫌いよ」というのがロウェナの口癖になるが、それがこのときの出来事から来ているのかどうかは誰も知らない。
了
2003.06.04