カカシ×サクラ

『約束』





「はあ！？　今、なんて言ったの！？」

　わたしは声を張り上げた。
「こらこら」
　カカシ先生は慌てたようにわたしを引き寄せると、大きな手で口をふさいだ。
「大きな声を出さない。任務中でしょ」
　耳元で美声が響く。
　思わず背筋がゾクリとして――。その任務中に、とんでもないことを言い出したのはカカシ先生のほうじゃない！　そう叫びたいのに、先生の大きな身体に包まれてドキドキしてしまう。
　わたしの身体は、先生の腕の中にすっぽりおさまってしまうから。
「〜〜っ！！」
「コラ。暴れなーい。静かに静かに」
　先生が耳元で「いい？」と囁く。わたしは真っ赤になって何度も頷いた。先生は手を離してくれたけど、あいかわらずその態勢は変わらず。
　仕方がなく、わたしは先生の腕の中でおとなしく身を縮めた。

　わたしと先生、ナルトとサスケくんに分かれての任務。依頼者の留守中に部屋に侵入する者がいるらしいとのことで、それを調べているのだ。依頼はもちろんＤランク。わたしたちは家の表と裏口に分かれて潜んでいるのだった。
　わたしたちは裏口。大きな庭木、地上４メートルのところに身をひそめている。……ひそめているはずなのだが。
「ねえねえ、サクラ」
　先生がわたしの耳に囁いた。
「遅刻しなかったら……」
「先生、任務中っ」
「だって、こんなときじゃないと話せないでしょ」
「話すことなんてないもの」
「俺はあるの」
「わたしはない」
「サクラ冷たい……。だって遅刻するとサクラ怒るじゃない」
「当たり前でしょうっ！！　今日だって何時間遅刻したと思っているのよ！」
「ほらほら、静かに静かに」
「〜！！」
　わたしは唸る。先生がくすくすと笑った。
「俺に遅刻してほしくないでしょ？」
「遅刻しないのが当たり前なの！」
　こんなのでよく上忍になれるわね、とわたしは思う。時間厳守は忍の重要な心得の一つ。もしかして忍耐力をつけるのが目的なんじゃないのかとすら思えてしまう。
「ねえ、サクラ〜」
「甘えた声を出してもだめ！」
「ねえねえ〜」
「んもーーー！！　じゃあ、いいわよ。今日から1週間、遅刻しなかったらね！」
「ほんと？」
　先生の声が弾んだ。このやろう、とわたしは思う。ぷい、と顔をそむけた。
「どうせ無理だしー」
「いやいや。約束約束」
　先生がわたしの髪に顔をうずめ、頭に口づけた。
「っ！　せんせ〜〜っ」
　わたしがものすごい形相で振り返ると、先生がにっこりと笑った。
「約束のしーるし。ね」



「ということで。じゃーん！　約束の一週間！！」
　朝早く。先生が乙女手になって「きゃあ」と言った。
　わたしはもちろん、この一週間、サスケくんもナルトも不気味に思うほど、遅刻大魔王であるカカシ先生が、待ち合わせ場所にわたしたちよりも早く姿を見せているのだった。
「先生、どうしたんだってばよ……」
　ナルトが心配して不安がる。サスケくんまで眉をひそめて先生を見ていた。
　わたしはじろじろと先生の足元を見回した。
「ここで徹夜しているんじゃないでしょうね……」
「まーさか。ちゃんと朝早く起きてから来てますよ〜」
　先生はにこにこ笑顔のまま、手首を振ってわたしを招く。
「約束約束」
「…………」
　わたしは下唇をかんだ。
「サクラちゃん、約束って？」
「ナルト……」
　わたしは無邪気に首をかしげるナルトを見つめた。あの約束は、二人には話していなかった。
「サクラ？　約束ってなんだ」
　サスケくんもわたしを見る。

　遅刻しなかったら、ちゅーして。

　くそー。これが大人のする約束！？
「――うん！」
　わたしは拳を握り、覚悟を決めて先生を見つめた。
「いいわよ。約束は約束だもんね！」
「サクラちゃん？」
「サクラ？」
「先生と約束しちゃったの。遅刻しなかったら、その……キスするって」
「ええええええーー！！！？」
「――！」
「なんて約束するんだってばよ！　このエロ上忍！！」
　ナルトがカカシ先生にくってかかる。
「だって約束だもーん。ね、サークラ」
「……う、うん……」
　わたしは不承不承に頷いた。
「そういうことだから……。その……先生！　キスするわ！」
「サクラちゃん！」
「サクラッ！」
　わたしは仁王立ちになると、先生に向かって指を差した。
「まずはナルトからよ！　さあ、先生、ナルトのキスを受け取って！」
「……」
「……」
「サ……サクラちゃん？」
　ナルトがカカシ先生の首に抱きついたまま、きょとんと目を丸くする。
「次はサスケくん！　その次がわたし！」
「…………」
「…………」
「え……」
「あのう、サクラさん？　お約束は……」
「したわよ！　だから、わたしたち三人がキス！」
「いや、俺が欲しいのはサクラだけで……」
「何を言っているの！　わたしたちはひとつのチーム！　その約束はみんなの約束。遅刻しなかったご褒美にキス！　さ、まずはナルトのキスを受け取って、先生！！」
「サクラのキスは？」
「もちろん、最後。二人がしたらね。でも制限時間ありよ！　夕刻、日が暮れるまで！」
「……むうう」
　先生がやられた、という顔をする。
「ということだから」
　わたしはじりじりと後退する。
「ナルト、サスケくん！　お願い、逃げて！」
　わたしはその場から逃げ出した。
　背後を見ると、先生がにっこりと笑う。その手がナルトの足をしっかりとつかんでいた。
「ナールト」
「いや、先生……ちょ、ちょっと…………め！　目がマジだってばよ！！」
　わたしとサスケくんは、とりあえずナルトを餌に逃げ出した。
「わわわわ。サクラちゃん！　サスケ！　助けてくれってばよーー！！！」
「サスケくん！　お願い、逃げきって！！」



「ギャーーーー！！！！」



　木の葉の里にものすごい悲鳴が二度響いた。




「みーつけた」
　先生の声が背後から聞こえたのは夕刻。
「――！！」
「まだ日は暮れてないよ、サクラ」
　わたしは……。
　悲鳴すら飲み込まれてしまったのだった。





　了





2003.02.13