ネジ×ヒナタ
１、出会い
分家は宗家を守る者。
その存在。
その血。
そのすべてを守るのが分家の役目であり、使命であると。――それは魂に刻み込まれた言霊。
父が伯父上を守るように、自分にも守るべき存在がいるのだと知ったのはいつだっただろう。ひどく胸が高鳴ったことだけは鮮明に覚えている。
いつお会いできるのだろう。
自分が守るべき人。
「父上」
早く会いたいんです。
「ぼくは、もっともっと強くなりますね」
その方をお守りできるように。
父は何も答えてはくれなかったけれど、ただ、少しだけ悲しい表情で、頭に優しく手を置いてくれた。
「もうすぐ会えるよ」
「はいっ」
優しい父の声が耳に残る。
２、First impression
なんてかわいいんだろう――そう思った。
従妹がいることは知っていた。自分は分家であり、彼女が宗家の嫡子であることも。だが、知っていたのは存在だけで、実際に会ったのはその日が初めてだったのだ。
日向ヒナタ。
彼女が三歳になったあの日――。
父親の着物の裾に隠れて、恐る恐る顔を覗かせるひとつ年下の少女に、オレは笑んだ。
自分がこの子を守るのだということが、ただただうれしかった。
彼女のために強くなろう。
彼女を守るために。
その日、宗家により額に刻まれた呪印術は、彼女への忠誠の証であり、自分にとっての誓いだった。
３、初恋
初めて彼女に出会ってから九年後、その少女はいまオレの隣に座っている。
日向宗家――広い屋敷の中央にある中庭に面した縁側で、彼女が入れてくれたお茶を口に運ぶ。
つい先日までは、決してありえないことだった。
四歳の時に額に刻まれた呪印。父の死を知るまで、それは誇りであって、決して呪われたものではなかった。
「ヒナタ様、はじめて出会ったときのことを覚えていますか？」
オレが問うと、彼女は小さくうなずいた。
「三歳の……」
「誕生日でした。オレは……アナタを見て、なんてかわいいんだろうって……」
そう思ったんですよ、と言った。
中忍試験の時の傷がいまだ癒えずに療養している少女は、驚いたように瞬くと、しばらくポカンと口を開いた。
まさか、オレの口からそんな言葉が出てくるとは思わなかったのだろう。
今までの所業を思えば当然だ。
「……おかしいですか？」
オレが目を細めると、彼女も昔を思い出したのか、軽く首を横に振ってやわらかく微笑んだ。
「あの、あのね。ネジ兄さん……」
オレが顔を向けると、従妹は頬を赤らめて小さくうつむいた。
「あのね……。その……、ネジ兄さんと初めて会ったとき…………」
長い沈黙が続いて、オレは小首をかしげた。
「……ヒナタさま？」
彼女は覚悟を決めたかのように、しっかりと顔をあげた。
「私も！ 私も、ネジ兄さんのこと、かわいいなって……そう思ったよ」
「……」
その意味を理解して、思わず目が丸くなってしまう。
「あ――、ご……ごめんなさい」
慌てて謝る少女に、オレは首を振った。
「いえ――」
可笑しくなって苦笑をもらした。こうして、彼女のそばにいても決して苦痛ではないことがうれしい。
――そんな日が来るとは、思わなかった。
「もしかしてオレのこと、女の子だと思っていましたか」
「う、うん……。お姉ちゃんができるんだって思って……すごく嬉しかった」
三歳になるまで、一歩も外に出ることのなかった少女が、初めて出会った同年代の子供。
オレは、声を出して笑った。
「ネ……ネジ兄さんっ？」
また彼女が驚いていたけれど――。
オレが彼女と出会えたことを嬉しいと思ったように、彼女もそう思ってくれていたのだと知って、それだけで嬉しくなってしまったのだった。
４、手をつなごう
オレが彼女を殺そうとしたのはまだ記憶に新しい。それなのに、こうして普通に接してくる少女には、元から宗家と分家のこだわりなどなかったのだと思い知らされる。
宗家に縛られ、恐れ、こだわり続けていたのはオレだけだった。
宗家を守るため――彼女を守るために強くなろうとしたこの手は、父の死とともに意味を変えた。
憎しみに我を忘れて、守るべきはずの命を奪おうとしたオレは、本来ならば、試験であったとしても決して許されることではない。
それすら覚悟の上だった。
罰するならば罰すればいい。
父のように殺すがいいと。
――だが、彼女は秘印を結ぼうとはしなかった。
呪印は分家の者を死による恐怖で縛り付ける楔。脳神経を簡単に破壊することが可能であったのに、彼女は死に直面してもそれを使おうとはしなかった。
おそらく、彼女はこの先もずっと秘印を使うことはないだろう。
額の印は、血継限界の秘密を守るためには必要。――だが、彼女が宗家の跡を継いだなら、分家は死の恐怖におびえることはなくなるのだ。
忍であり、宗家の跡目としては優しすぎる少女。
妹のハナビ様が跡を継いだほうが、彼女にとっては幸せなのかもしれない。だが、妹が跡を継ぐということは、彼女が分家になるということだ。それは、彼女の額にも呪印術が刻まれることを意味する。
額の呪印は、分家を縛るものではなく、分家を守るためのものではないかと思うようになったのは、中忍試験が終わり、ヒアシ様から九年前の真実を知らされた後だった。
分家の白眼は、額の呪印術により死ねば血継限界としての意味をなくす――それは、分家の安全を意味するのではないのか。
死ねば消えてしまう血継限界ならば、その血を欲するものが狙うのは、常に宗家だけとなる。
だからこそ、宗家は強くなくてはならず、分家は「守る者」となる必要があるのだ。
宗家の血を残すために生きる――。
オレが守りたいのは「宗家」なのだろうか。それとも「彼女」なのだろうか。
宗家の跡目をハナビ様が継いだとして、オレはその手を取れるのか？
幼き日に守りたいと思い、誓ったのはただ一人。
たとえ彼女が分家に入るとしても、その手を取るのは決して自分ではないことを知っている。
欲しても、決して自分のものにはならない人。
あれほど否定していた存在。宗家には向いていないと――無能だと思うのに、幼き日につないだその手をいつまでも離したくないと願う気持ちに、どうしようもなく苛立ってしまう。
気づけばその理由は簡単で。
知っているのだ。
たとえ、その手を取ることができずとも、彼女が宗家の跡目を継げば、そばにいることができるのだと。
いつまでも彼女を。彼女だけを守るための存在でいられると――。
５、アナタの笑顔
「ネジ兄さん？」
考え込んでいたオレに、小首をかしげた少女が手を伸ばしてくる。
「汗が……」
反射的に、額へ伸びてきた細い手首をつかむと、彼女は驚いたように「ぁ」と小さな声を上げた。おびえた表情で。
「ご……ごめんなさい……」
「ちがう――」
とっさに否定して。
怒っているわけではないのだと――。
だが、声にはならなかった。
「考え事をしていたので――すみません」
慌てて手を離すと、彼女は手首を胸に抱えた。
「驚いたから……心臓が……どきどきしてる」
はにかむように、少女が笑った。くったくのない笑みに、心が軽くなった。
「……オレもです」
心臓を押さえて――。
「オレもどきどきしていますよ」
「ネジ兄さんも……？」
「はい」
遠い昔に忘れていた感情が、あふれるように戻ってくるのがわかる。
長く、止まっていた時間が動き出している。
「それじゃあ……」
ふわりと、彼女が嬉しそうに微笑んだ。
「私と……一緒だ、ね」
了
【ナルト字書きさんに25×4で100の課題】
20050626