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『独り相撲』





今更女としては見れないとか、
まだ子供だとか甘く見てる訳ではないのです。
あまりにも美しく気高く、貴方が魅力になればなるほど
存在を遠く感じてしまうから。
この方は自分だけのものではないのだ、と己に言い聞かせ
曖昧な態度で誤魔化すしかないのですよ。
日に日に輝きを増す貴方をどうして無視することが出来ましょう。


ほら、今日もまた。


「あら、ペル・・偶然ね。」
「ビビ様・・」
もちろん全くの偶然とは言い切れない。ふと目をやった窓から覗く緑に、空色が靡いていたような気がしたからここへと足を運んだのだ。
「・・・お弁当ですか？」
彼女は地べたに座ってランチを広げている。その中身は決して美味しそうとは言えないが、兎にも角にも苦労が伺える。そして何故だか鶏肉を使ったものが多い。
「ちょっとね、自分で作ってみたの。失敗しちゃったけど。」
舌打ちしたその仕草はまだまだ子供なんだが、稀に見せる大人の表情にはっとさせられることもある。ちょうどそういう時期なのかもしれない。
「ここに座ってもいいですか。」
「ええ・・・これ、どうぞ。」
彼女が私にお茶を勧めてくれたので、有難く受け取り、十分に味と香りを楽しむ。こういう長閑な午後というのも悪く無い。平和である証拠だ、とそれも今だから言えること。奇跡的な生還を果たした私に彼女が泣いて喚いて取り乱していたのも幾分遠い日に思える。
生死の境を彷徨った所為か、益々年寄り臭くなった、としぶとい私のために無駄な涙は一滴も流さなかった（本人がそう言ったんだ）チャカは嫌味を言った。そんな風に言われるのは腹が立つが（例え冗談だったとしてもだ）、泣かれるよりはマシかも知れない。いや涙を流さないままなのも困るか。
とにかく後から後へと零れる大粒の涙はあまり気持ちいいものではなかった。唯あれは安堵によるものだった分だけまだマシだ。もし、私が死んでたら。その為に彼女が心を痛めてる姿なんて考えるだけで・・・あの時はああするしかなかった。それしか無かったから。分かってくれとは思わない。それよりもまたあのようなことがあれば私は同じようなことをするだろう、ということに酷く罪悪感を覚える。後悔してない、懲りてない自分がいる。
「ペル、私ね・・・」
瞬きもしない瞳に射抜かれる。この人の目はなんて物を言うんだろう。目で訴えかけてくる。言う前に分かってしまう。
「もっと大きな人間になりたい。ちょっとやそっとじゃへこたれない人間になりたい。この国を守れるように。大切なものを失わないために。」

「そしたら」

「そしたら・・」
どうかその先はもう少し待ってください。自分に自信がないのです。貴方を置いて先に逝ったりする者が貴方を幸せに出来るのかと。もしかしたら私より相応しい者がいるのではないかと。また、勝手な想像の男に嫉妬する私がいるのも事実なのですよ。自分が嫉妬深い男だったなんて、最近知りました。だからもう少しだけ考えさせてください等というのは本当に身勝手で、何も言えなくて・・その無言の状態が貴方を苦しめている、きっと。それでもまだ大丈夫、と。
「いいんじゃないですか。」
「貴方の満足いくまで頑張ればいいと思いますよ。」
言うが否やお茶を啜る。何が思いますよだか・・こんな顔をさせていていいのか、それがお前の優しさなのか、唯自分を偽っているだけじゃないのかと自分を非難して。でも涼しい顔をして。
「このお弁当、本当はこれ、ね。自分で食べるように作ったんじゃないの。」
ああ。それ以上は。
「失敗しちゃったから黙ってたけど、ペルに食べてもらおうと思って作ったの。」


「私のために・・・？」


「ええ、今度また挑戦してみるわね。」
くらくらする。眩暈がする。
今は太陽が頭の上にある。ここは砂漠の国。
だがここは王宮という建物の影。この中庭は日が当たらない。
彼女が頼りなく笑う。目に映す。声を聞く。口元に指がいって・・手を伸ばして触れてみたくなる。
「ペル、さっきからどうしたの？」
なんてことだ。
久しぶりに第三者のいない庭で、貴方を真近で見て感じて、年月というものは恐ろしいと、苦笑した。酷く空しい。
「なんでもありません。」
得意のポーカーフェイスもいよいよ危うい。


「私ね、言わなきゃいけないことがあるの。」


突然彼女の瞳が変わった。その眼差しは私の方に注がれてはいるが、見られているという感じがせず、何を、見ているのだろうと推測する。
「ペルが目の前で爆弾担いで自爆したとき・・・私目の前が真っ暗になった。もうあんな思いは二度としたくない。それに後悔もしたくないから。」
宙で泳いでいる視線はどうやら過去の私へと注がれているらしい。爆破した私を偲んで彼女は涙を一滴だけ零した。


涙の似合う微笑みなんて初めて見る。


さっきとは違う意味で、もう何も言わせたくなくなった。自分でも驚いた。思うよりも先に体が動き、口下手なはずの私が気づけば凄い勢いでぺらぺらと何か喋っていた。必死で縋り付くように彼女を抱きしめていた。そうだ。時限爆弾が目の前で爆破して、いよいよ死が迫ったときも確か。
あの時は別に死を選んだわけではなかった。しかし自分が遣るべきことを果たすためにそれを避けられぬになら仕方あるまいと、決めた。いつでもそれだけの覚悟はあった。それでも生への執着、断ち切れなかったものが少しでもあったから私はここにいるのだと思った。いや思っていた。だが。
「ペル苦しい・・」
この王女に顔で笑って、心で泣く等ということをさせたくなかったのではないか。
「でも嬉しい。」
「え？　・・今なんて・・」
「嬉しいって言ったの。」
何に対して嬉しいと言ったのか、自分の言葉に対してか？　もとより自分は今何を言った、何かとてつもないことを正気の沙汰じゃいえないようなことを言わなかったか？



「ねえもう一回言って。」
私の腕の中で耳元に口を寄せ彼女が囁く。
「・・・なんて言いましたっけ？」
「もう・・・！」
もう今では、自分の問題発言全てを一通り暗唱出来るくらいに思い出していたが、我に返ってしまっては言える訳がない。第一この密着した状態も自分から行動を起こしたとはいえ、早く離れた方のがいいと思うのだが、この方は許してくれないだろう。この機会を逃すまいとしっかり私にしがみ付いている。
「二人は最低欲しいなー」
「・・・なんの話ですか。」
「あらペルから言いだしたんじゃない。」
「私はそこまで言ってません。」
「やっぱり覚えてるんじゃない。」
「うっ」
失言を指摘され焦った私を見て、彼女は屈託なく笑う。それはまるで音楽を奏でるように。それはとてもリズミカルで幸福に満ちたメロディーに聞こえる。
どうかこの旋律がいつまでも続くように悲哀に満ちたものにならないよう、私が御傍についていよう、と決心、いや観念した。貴方の騎士は一度死んだのです、恋人に生まれ変わったのです、と少しふざけて言ってみたら彼女は、それはちょっと困ったわね、騎士だっていないと困るもの、と本気で困惑していたので、じゃあ両方ということで、と提案したら、それがいいわ、とまた笑った。





　了